8月になりました。
ここ数日は気温も少し低めで楽でしたが、明日からはまた暑そう。
クーラーさまさまです。
さて。
気づけば引っ越してから2週間経ちました。
荷物を片付けてからも、わたしは「仮住まい感」が抜けず。
新居は試しに住んでいるだけ。
しばらくしたらまた前の家に帰る気がしていました。
8年という時間の長さによるものなんですかね。
同じ8年を過ごしたはずの夫は、早々に新居生活に慣れたようでしたが。
そんな「仮住まい感」も落ち着いてきた今日この頃。
母を新居に招くことにしました。
夫が帰省中なので、寂しさ紛らわせるにはちょうどいいかと。
母と会うのは、新年以来です。
昼ごろ最寄り駅で落ち合い、帰りバスに乗るのを見送るまで。
滞在時間はおおよそ5時間半くらい。
どこに行くでもなく。
特に何かするわけでもなく。
何かを食べたり飲んだりしながら、ただただ二人で話して過ごしました。
母にはあらかじめこう伝えていました。
「目安として17時頃までと決めておきましょう。
じゃないと、いつもズルズルしちゃうから。」
久しぶりに会うのに、時間を決めるというのは心苦しくもありました。
しかも、こちらが行く側ならともかく、来てもらう側なのに。
でも、対面で「もう帰って」と切り出すのは難しいこと。
だから先に伝えておくことにしました。
理由を聞かれたら、こう答えようと思っていました。
「人と長く一緒にいると疲れてしまうから」
これは本当のことです。
母だからこそ疲れるというのもあるのですが、母でなくとも、普段夫以外の人と密に接する機会がなくなっている分、もうそれだけで人疲れをしてしまうんです。
それが楽しい時間であったとしても。
母との時間は、過ぎてしまえばあっという間でした。
離婚・別居したこともあり、父絡みの愚痴や文句は減っていました。
母の会話の中に、父が現れることはまだあります。
「あの人はいつも○○だった」
「あの人はずっと○○をしなかった」
「わたしはあの人の後始末ばっかりしてきた」
それでも、母の、あの苦虫を噛み潰したような・・・
ひどい表情を見ることはありませんでした。
これは想像以上にわたしの気分をラクにさせてくれました。
母が裏で父の文句を言ったり、見下す言い方をすること。
ケンカになると、父が今にも暴力を振るいそうな勢いで母に応戦すること。
ふたりが激高して大声で罵倒し、いがみ合うこと。
父や母の眉間にしわが寄り、不機嫌でイライラしていること。
母の愚痴や文句を否定したり父を擁護すれば、母の機嫌が悪くなること。
・・・書きながら思い出しただけで泣けてきちゃう。
どれもこれも、わたしのストレッサーであり、間に入ってご機嫌取りや顔色を窺わざるを得ないトリガであることが、改めてよくわかりました。
そういう意味では、やはり彼らは離婚して良かったのかもしれません。
まだ「離婚してハッピー!」にはなってないかもしれない。
だけど、少なくとも「離婚してストレス減った!」にはなっているのではないか。
子の立場からすると、両親が離婚したことで増えた心配はあります。
だからこそ、彼ら自身が前を向いてくれることは重要です。
文句や愚痴のかわりに弱音ばかり吐かれたら、たまったもんではありませんからね・・・。
母と話をしていると、いろいろと気づきもありました。
母の「老い」に気づいて、不安で切なくて悲しい気持ちになったり。
わたしの話を遮ったり、自分の話ばかりする会話の仕方にイラッとしたり。
母の考えや態度を変えようと説教のように話してしまったり。
そうした自分に気づくたび、一歩引いて「なぜ?」と分析する自分もいました。
たぶんこれが成長・進歩なんだろうなと思います。
また、今までだったら
「これを言ったら母に嫌な思いをさせる」
「これを言ったら母が文句を言う」
「これを言ったら母が嫌な顔をする」
そう思って言わずに済ませていたことを言うようになった自分にも気づきました。
新年に会ったとき、こんなことがありました。
母も帰ると言うので駅まで一緒に行くと、
「少しもお茶する時間とかないの?」
「あなたと話したいなと思ってたんだけど」と言われました。
こういう時、今までのわたしなら母に付き合っていたと思います。
(略)
でも、今日は作戦を思い出し、心を鬼にしてこう言いました。
「ごめんね、今日は帰るよ。
また次、別の機会に会おうね。」
母は残念そうな顔で帰っていきました。
わたしは手を振って母を見送りましたが、とても苦しかった。
この時のことを持ち出し、母から
「あの日 ”おなかが痛い”って帰っちゃったよね。お茶したかったのに。」
と言われました。
”お腹が痛い” と言ったかは覚えていなかったので、
「あれ、そう言ったんだっけ?」
と返しつつ、
「実はずっと一緒にいると疲れちゃうから帰るって決めてたんだ」
「今日17時までにしよう、って言ったのもそれが理由だよ」
「お母さんに限らないけど、人といると疲れちゃうからさー」
と伝えました。
「お母さんがお茶したいと言ってくれたのに、断ってごめんね」
というのが母の望む返しだったかもしれません。
でも、そうやって気づかぬうちに罪悪感を持たされるのは嫌でした。
自分を大事にするため・優先するため、と割り切りました。
わたしの返事に母は少し不満そうでしたが、さらに何か言われたり不機嫌になったりはしませんでした。
それを見て、「断ったり伝えてもいいんだな」と思えたのです。
母は自分の言いたいことや希望を言う権利があります。
それと同じように、わたしにだって、自分の言いたいことを言ったり断る権利があるのですよね。
だってもう、今は対等な一人の人間同士なんだから。
親と言えども一人の人間であり、家族と言えども他人同士である。
そんな、よく言われることが、ようやく腑に落ちたのでした。
これから母とは少しずつ違う形で付き合っていけるような気がします。
ではまた。
●母とか家族の話、たくさん書いてきたよね。
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