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100点やめて60点を目指す ご自愛ブログ

2020.4に休職、「薬を使わないうつ病治療」を経て、2022.4に正式復職。自分を育て直す旅が始まりました。

【Day376】母への手紙|吉と出るか凶と出るかは分からないけれど

 

こんにちは、emustanyです!

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

 

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使い捨てのコンタクトを使っています。

 

パッケージから取り出し、指に乗せた時の違和感。

そして、装着した後の視界の違和感。

 

疑問に思って一度外してみたら、2枚重ねだったらしい。

マジか!

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ようやく書けた、母への手紙


数日後は母の誕生日です。

 

 

ちょっと前までは、母に喜んでもらいたくて、いろいろしました。

 

独身の頃は、会社帰りにケーキ持参で実家にサプライズ訪問したこともあったな。

 

 

母の好きな画家の画集をプレゼントしたこともありますが、いまいち響きませんでした。

 

その画集は今も変わらずリビングの棚にありますが、母がそれを開いているのを見た試しがありません。

 

 

 

喜ばせたいのに、なかなか喜んでくれない母。

 

下手すれば、文句ではないけど、「ここが気になる/気に入らない」などと言われてしまう始末。

 

 

 

最近はもう、物をプレゼントするのは諦めました。

 

誕生日前後で会うタイミングがあれば、母が確実に喜ぶと分かっているお菓子をあげたりする程度。

 

 

あとはLINEで「おめでとう」と言って、気が向けば手紙を書いたり。

 

 

 

 

今年はどうしようかなと迷いましたが、実家に行く感じもないし、とりあえずはカードだなと。

 

 

そこから少し考えた結果、初診時のメモと、3月にまとめたメモの2つを、手紙とともに送ることにしました。

 

 

#初診時のメモ、とはこちらのことです。

 

#3月にまとめたメモ、とはこちらのことです。

 

 

 

 

手紙をつけることにしたのは、いろいろと母に伝えたいことがあったので。

 

 

だいたいはこのあたりのことがきっかけなのですが。
 ↓

 

 

 

この時くらいから、わたしは何となく家族と距離を取っている状態です。

 

 

連絡を取っていないわけじゃないけど、以前に比べたら減りました。

 

自分からはあまりメッセージ発信していません。

 

たまに父から、本の紹介のメッセージが4人ルームに投げ込まれるのですが、あまり誰も反応せずに過ぎていく状態。

 

 

 

こういう時、わたしは父の気持ちをいろいろと想像しては、とても切ない、心苦しい気持ちになって、ほかの誰も拾わないメッセージを打ち返すのが常でした。

 

 

でも、今はそれもあえてしていません。

 

そうやって、自分が間に入って家族内のバランスを取ってきたんだなと分かったから。

 

 

 

言ってしまえばわたしは、だいたいLINEに何も反応しない兄の真似をしているに過ぎないのです。

 

が、今までとのギャップがある分、心は傷みます。

 

 

 

兄に倣ってわたしも反応しないでいるうち、実は我が家は、自分が思っていたよりも関係が希薄だったのかも、という気もしてきました。

 

 

それぞれ別世帯を持つ子どもを含む家族が、果たしてどれくらいの頻度や熱量でやりとりをするのが一般的なのかは分かりません。

 

でも、自分が控えめになったら、実はこんなにも音沙汰ないものだったのかと、何だかとても寂しい気持ちです。

 

 

 

 

そんな中で、この時くらいからずっと気がかりだったのが、母のこと。

 

 

上記の記事(229日目)の中で、こう書いています。

  • 今月上旬に母と兄に誘われ、今週末に実家に行く予定となっていた。

    ・誘いのきっかけとしては、母と兄が二人で会った時に、わたしと母で過去に関する認識合わせをしたらどうかとの提案があったため。

    ・想像するに、わたしが以前カウンセリングでこんなことやってて~と共有した時に、「わたしはお母さんのせいでこうなった」と責めてるように母に受け取られているっぽい気がする。

 

 

 

たぶん母は、わたしが過去のことを振り返ることに関して、ずっと苦い気持ちを持っているんじゃないか。

 

わたしには彼女を責める気持ちは一切ないけど、母にはそれが伝わってないんじゃないか。

 

 

 

それがずっと気がかりで、でも気楽に切り出せる話題でもなく、どうしたもんかなぁと思っていたんです。

 

 

休職して丸1年経って、自分なりに振り返りやまとめもできた今このタイミングが、母にそれを伝える良い機会かなと思い、手紙を書くことにしました。

 

 

 

これが吉と出るか、凶と出るかは分かりません。

 

でも、このタイミングを逃せば、また言う機会を失う気がしました。

 

 

今のご時世、万が一にも、そのまま伝えられずに一生会えなくなってしまったらと考えると、怖くて怖くて。

 

 

 

 

そんなわけで、(毎度、誰得か分かりませんが)書き上げた手紙を載せたいと思います。

 

 

ちょっと気恥ずかしい、というかプライベート過ぎるかもと思わなくもない(つまり、思う)のですが・・・

 

まぁ、今さらそんなこと言ったところで、このブログ全体がそうなのでね。(苦笑)

 

 

 

もしご興味あれば、読んでみてください。

 ▽
 ▽
 ▽

 

 

母への手紙

※一部箇所を除き、ほぼ原文ママです。

※相変わらず長いのでご注意を。

 

f:id:emustany:20210331182402j:plain

 

 

お母さんへ

 

誕生日のメッセージカードとは別に、お手紙を。

 

 

まず、同封しているものについて。

 

これは、①2019年12月にクリニックに初診でかかった時に持参したメモと、②3月に休職して1年を迎えるにあたってまとめた、わたしなりの気づきや学びのメモです。

 

 

正直これを送ることが果たして良いことなのかは分かりません。

 

会話ではなく、文章(テキスト)だけの情報になることで、お母さんを傷つけたり、怒らせたり、不快な気持ちにさせる可能性もあると思っています。

 

 

だから、両文書を読むかどうかは身長に判断してもらえたらと思います。

 

読まなくても構わないよ。

 

 

 

この1年、診察は2週に1回、カウンセリングも同じようなペースで7月から16回ほどやってきました。

 

加えて、毎月変わる週1回のリワークプログラム(セミナー)にも参加して、主にアドラー心理学を中心とした知識習得もしてきました。

 

 

そうしていろいろと見えてきたことを、点と点から線につながるよう分析・考察したのが②のメモです。

 

 

 

ここに至るまでには、ある一時(いっとき)の仕事の状況や対人関係などの表面的なものに病因を求める、ごく一般的な治療とは一線を画す、アインシュタイン先生なりの治療方針(信念と言ってもいい)が大きく寄与しています。

 

 

アインシュタイン先生の著書はお母さんも一度読んだと思うけど、心の不調が起こる根本には「生い立ち、価値観、考え方、性格など」があって、これらによる歪みが起きた結果、不調になるということ。

 

わたしで言えば、例えば「完璧主義」とか「白黒思考」であったり、山村留学で身に付けたであろう「”過度な” 自立・自律心」だったり。

 

 

こうしたものが、仕事の場面や家庭生活においてうまく機能しなくなり、ストレスがかかり続けた結果、身体側がスローダウンさせたり強制的にシャットダウンさせようとする。

 

 

これがざっくりかいつまんだ先生の考え方。

 

 

 

治療としては、自分の思考癖や価値観に気づいて、それがどこから来ているのかを明らかにした上で、それを軌道修正していくことになる。

 

軌道修正と言っても、別にすべてを手離したり変えたり、全然違う人間になれっていうわけじゃなくて、うまいこと適応できるように対策が取れればいいということ。

 

 

そういう考えのもとで思考してきたことや対策の仮説をまとめたのが②のメモです。

 

 

 

3月にこのメモをまとめてみて、わたしの中では何となく「ひと段落」した感覚を持てました。

 

自分なりの自分の取扱説明書を手に入れた感覚です。

 

 

今はまだ小さくて閉じたコミュニティの中での生活なので、実際に会社に復帰したらまたいろいろと気づいたり、うまくいかなかったりすると思うんだけどね。

 

そしたらまた軌道修正したり、カウンセリングを受けたりするかな。

 

 

 

でね、ここまで来るのには、当然過去に遡って、「どんな出来事があって、そこでどんな会話があって、どう感じたり考えたか」って振り返ることをたくさんしました。

 

 

この振り返りに関して、前にお兄ちゃんとの3人LINEで、お兄ちゃんから「お母さんとemustanyの認識擦り合わせをしてはどうか」と提案があったと思います。

 

あの時わたしが思ったのは、ある出来事に対して、それをどのように捉えてどう記憶するかって、それぞれの主観でしかなくて、そこをすり合わせて1つの「正解(らしきもの)」を導き出すのは無理なんじゃないか、ってこと。(実際そう返信したと思います)

 

 

この点についてはずっと引っかかっていたから、先生に聞いたことがあるの。

 

「いろいろと過去のことを振り返ってみているけど、それが正しい記憶なのかはよく分からない。わたしが勝手にねじ曲げて記憶していることもあると思う。それでもいいのか?」って。

 

 

先生からは「それで良い、大丈夫」と言われました。

 

記憶の正しさ・確からしさよりも、結局それによってどう感じたり考えたかってことが大事だから、と。

 

 

客観的事実がどうであれ、それをどう捉えるかは主観でしかないし、その主観自体が人それぞれ違うので、そこを統一するのは無理だし、意味がないようです。

 

「人は自分が見たいものを、見たいようにしか見ない」ということですね。

 

 

 

だから、わたしが①②のメモで書いていたことに対して、「それは違う」と正そうとするのは不要だし、しないでほしいなと思います。

 

 

・・・ちょっと拒絶的に聞こえたかもしれないね。

 

 

話をすることはやぶさかではないのだけど、そこに対してわたしが抱く感情や思考そのものは否定しないでほしい、という感じかしら。

 

伝わるかな。。

 

 

 

過去のことに対して、「そんなつもりはなかった」と今聞いたとして、「そうか、そういうことだったんだね」と理解することはできる。

 

でも、その当時にわたしが感じた、例えば「悲しかった」「つらかった」という気持ちを、なかったことにはできないんだと思う。

 

 

できるのは、解釈を変えるというか、補足情報として書き足すこと。

 

認識は違って当たり前だから、きっとお互い様だと思うしね。

 

 

 

 

いろいろ書いてきたけど、ここからが一番大事な、一番伝えたいことです。

 

 

 

確かにわたしは、休職に至るような不調を引き起こした要因の中に「家族」、とりわけ「母」の影響を多く見出しました。

 

お母さんの性格、口癖、態度、価値観、やりとりの数々が、わたしに浸透してわたしという人間を作ったと思います。

 

 

 

だけどね、そのことと、「お母さんが悪い」「お母さんのせいだ」と言うのとは違います。

 

 

もっと言うと、わたしはいろいろとそれらしき要因を探り当てたけど、お母さんを責める気持ちは全く持っていないし、お母さんが何か劣ったり欠陥があったとも思っていないし、お母さんはわたしを大事に一生懸命い育ててくれたと思っているし(少なくともそう信じている)、お母さんを嫌いになったり恨んだりもしていません。

 

変わらずお母さんのことを大切に想っているし、いろいろと心配もするし、喜ばせたいと思うし、感謝もしています。

 

 

 

結局は化学反応のようなもの、input→outputの結果でしかないんだろうと理解しています。

 

「こういうことがあった(input)→わたしにはこう影響した(output)」というだけ。

 

 

 

だから、お母さんのことを責めるとか否定するとか、母親失格とか、そういうことじゃない。

 

それをどうか分かってほしい。

 

 

 

わたしはそこをずっと気にしていました。

 

お母さんが、自分が責められている、悪者扱いされていると思っているんじゃないか、って。

 

それは違うよ。

 

わたしはお母さんのことを悪く思っているなんてことないからね。

 

 

どうか誤解しないでほしい。・・・大丈夫かな。

 

 

 

ただ、今後は少し意識して心理的距離を取っていくことも大事だと思っています。

 

 

今まではこの心理的距離が近すぎて、過度な心配や気遣いや慮る癖がついていて、自分よりも他者(お母さん)のことばかり優先してしまっていたんだと思う。

 

優先と言うか、考えてしまう・気にかけてしまう、ということね。

 

 

 

わたしはもっともっと、自己中心的とかワガママになるくらいを目指した方が良いみたい。

 

じゃないと、今は自分が「どうしたいか」「何が好きか」がよく分からなくなっちゃっているから。

 

 

周りがどう思うか、周りからどう見えるかばかりが基準になってしまって、周りとの心理的距離が近すぎる。

 

「人は人、自分は自分」ともっと切り離して考えられるようにしていかないとなと思います。

 

 

 

 

4月に入って、休職生活も丸1年経って、まだもう少しこの生活を続けるつもりなんだけど、わたしはこの「薬を使わないうつ病治療」を信念としてやっているアインシュタイン先生に出会えて良かったと思っているよ。

 

 

この1年で分かったのは、「うつ病って病気は、本当はないんじゃないか」ということ。

 

 

一般に「うつ病」とされているのは、ある意味表面に出てきた症状の集合体をそう呼んでいるに過ぎない。

 

薬(抗うつ薬)は、そうした症状を対症療法的に治してはくれるかもしれない。

 

 

だけど、根っこの部分、仕事や生活をつまずかせる考え方の癖や価値観がそのままでは、いずれまた同じことが起きる。(これが再発)

 

 

 

半分は先生の請け売りだけど、わたしもいろいろと考えてきた結果、そう思う。

 

 

 

だから、本当はお兄ちゃんにもぜひこのクリニックに行ってほしいと思っています。

 

 

正直、わたしはあの人のことをよく知らない。

(一緒に過ごした時間が短かったからね)

 

でも、同じ家庭で育った以上、何らか共通の影響はあるはずだと思う。

 

 

今のままだと、根っこを掴むことなく薬を飲んでいるだけの彼は、ずっと薬漬けになる気がしています。

 

いい大人だし、彼とわたしは別人格だし、彼の人生にわたしが口出しはできないけど・・・心配です。

 

 

ただ、カウンセリングなどを試さないのは、もしかしたら(無意識の中に)何らか理由があるのかもしれないから、そこから紐解かないとだけど。

 

やたらと頑なな感じがします。。

 

 

 

 

最後ちょっと話がズレてしまったけど、だいたい伝えたいことは書けた気がします。

 

 

今のわたしは1年かけて自己理解・自己分析ができた段階で、これからはその中で仮説建てた対策の実践です。

 

先生は3年かかると言っていたので、気長に・・・。

 

 

 

同封の文書を読むかは任せます。

 

 

そこに書いているのはわたしなっりに1年かけてたどり着いた答えらしきもの。

 

でも完成品ではなく、まだまだ生煮えというか、ぐにゃぐにゃと形や色が変わっていくものだと思うから、読むならそのつもりで。

 

 

 

 

そして繰り返しになりますが、そこに何を書いていようとも、あるいはその行間や言葉の裏に何をお母さんが読み取ろうとも、わたしがお母さんが大切に想っていることや、感謝していること、一緒に過ごした時間や思い出は、何も変わらないことはどうか分かってほしい。

 

 

次に会うタイミングがいつなのかは分からないけど、変わらず母娘仲良く過ごせたら嬉しいし、そうしたいと思っています。

 

とてもそうとは思えないかもしれませんが、これはわたしからの誕生日プレゼントというか、ラブレターです。

 

あなたが育ててくれた娘の成長結果報告です。

 

 

どうか、ネガティブに受け取りませんように・・・。

 

 

 

最後に今一度。

 

 

お誕生日おめでとう。

 

お母さん、大好きよ。

 

 

 

emustanyより

 

 

 

 

 

・・・やや感傷的?なのはお見逃しくださいね。

 

 

 

*おわり*

 

 

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次回更新でまたお会いできますように!(*´ω`*)エヘヘ 

 

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