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100点やめて60点を目指す ご自愛ブログ

2020.4に休職し、「薬を使わないうつ病治療」で2022.4に正式復職。自分と仲良く&自分に優しくありたいものです。

【休職256日目】自分次第と言われましても|第3回リワーク

こんにちは、emustanyです。

 

気づけば10日後はクリスマスですね。

ディナーは予約しましたが、ケーキをまだ予約していません。

まぁ正直そんな食べなくてもいいのだけど。(笑)

 

 

本日のリワーク終わりました

今日は午前中にリワークの第3回に行ってきました。

 

#わたしも半分忘れている(苦笑)第1回、第2回の内容はこちらからどうぞ。


 

まっすぐ帰ってもいいのですが、今日は夫が在宅勤務なので邪魔しないようカフェで書いてます。

わたしったら、なんて気を遣える妻なんでしょう!(しかし同時に金も使う)

 

 

今日学んだこと

今月のリワークは『劣等感』がテーマですが、今日の内容は

 ①「優越感」と「優越コンプレックス」

 ②「選択的注目」

でした。

 

 

 ①「優越感」と「優越コンプレックス」

「優越感」はよく聞くけど、「優越コンプレックス」って何でしょう?

あまり聞き慣れませんよね。(そうでもない?)

 

「劣等感」もそうなんですが、どうも日本では「劣等感/劣等コンプレックス」「優越感/優越コンプレックス」はそれぞれ混同して使われがちなんだそうです。

 

ごく簡単に言ってしまえば、「私は劣っている/優れている」と感じることそのものは「劣等感/優越感」、それが行き過ぎて何らか支障をきたすのが「~コンプレックス」と理解しました。

#支障をきたす=「劣等コンプレックス」であれば、それが生きていく刺激や原動力とならず、心の不調を生み出してしまい、取り組むべき課題にも取り組めなくなってしまうということ。

 

普段の会話で出てくるのは、どちらかと言えば「~コンプレックス」の方が近い/多いかもしれませんね。

 

 

「優越感」も「劣等感」と同じく、

 1)自分と他者との比較によるもの

 2)自分の理想(追い求める姿)と現在の自分との比較によるもの

の2通りがあるようです。

 

 

1)は人と比較して、「自分の方が優っている」と感じる状態ですから、分かりやすいですね。

比較する対象は能力であったり、容姿であったり、年収や社会的地位、そしてパーソナリティーなど。

 

 

2)はちょっと分かりにくいですが、基本的には【できなかったことができるようになること】と捉えていいようです。

#一般的な使われ方では「優越感」と言うと人との比較を想像するので、この感覚はなかなかないですよね。

 

そもそも「優越感」は、自分が他者より優れているとの認識に加え、ここから生じる自己肯定の感情も含むそう。

それなら確かに【できなかったことができるようになること】が「優越感」につながるのも理解できます。

 

 

わたし達には遠い昔、呼吸するだけの存在から物を認識したり、言葉を発せるようになったり、ハイハイや歩くようになったり・・・と、徐々に徐々に【できなかったことができるように】なっていった時代がありました。

きっとその時は親も喜んでくれるし、自分もできることが増えるのが嬉しくて自己肯定感も高かったはず。

 

ですが、いつしかその【できるようになったこと】は、【できて当たり前】になってしまいました。

そして、【できるようになったこと】ではなく、【できないこと】にばかり目を向けて理想を追い求めるようになってしまったようです。

 

理想は際限がありません。

【できるようになったこと】が増えるほど、よりハードルの高い【できないこと】を克服しようとして苦しくなってしまうと。

 

【できること】に注目したり、【できて当たり前】から成る「普通」であることを肯定できず、「特別」であることを追い求めてしまうんだとか。

#・・・なんて切ない、なんて苦しいのでしょう!

 

 

「優越感」そのものは決して悪いものではなく、誰もが感じるものです。

「優越感」を感じることで、やる気に満ちあふれたり、周囲に良い影響を与えたいと行動したりできます。

 

でももし、その背後に権力を持ちたいとか、強い承認欲求があるとしたら?

 「自分は誰よりもすごい人だと思われたい」

 「自分は誰よりも優れていたい」

 「自分は誰よりもできる人間でいたい」

 

時には他の人を批判的に捉えてしまったり、ふとしたきっかけで自信を失って「劣等感」の方が強くなってしまうかもしれません。

なぜなら「優越感」は「劣等感」の裏返しの場合もあるから。

 

 

 

さて、(長くなりましたが)、一方の「優越コンプレックス」について。

 

これは、自分が優れた人間であるかのように ”見せかける” こと、それにより自身の劣等感・無力感を ”隠そうとする” 態度のこと。

こちらは「劣等コンプレックス」の裏返しと言えるでしょう。

 

 

健全な「劣等感」は生きていく刺激や原動力・エネルギーとなります。

自転車に乗れないのであれば、乗れるように努力するわけです。

 

一方の「劣等コンプレックス」はそうならず、心の不調を生み出し、取り組むべき課題に取り組めなくなってしまいます。

自転車に乗りたいけど、”自分はダメなやつ” とか ”何をやっても無駄” などの評価により、努力することを躊躇したり途中でやめてしまいます。

 

そして「劣等コンプレックス」の裏返しである「優越コンプレックス」は、増幅した劣等コンプレックスを打ち消そうと、自分を必要以上に大きく見せて無力感を隠そうとします。

”自転車なんか乗れなくていい” とか ”車があるから自転車なんていらない” と、乗ろうとする努力をしません。

 

 

・・・本当は「自転車乗れないんだよね~」と言ってしまえばいい話。

しかし強い劣等コンプレックス、その根っこである無力感が邪魔するようです。

 

 

優越コンプレックスを持ってる人の分かりやすい例は

  • 自慢話ばかりする人
  • マウンティングしてくる人

 

こういう人に対しては、「もしかしたら何かコンプレックスがあるのかな?」と少し客観的に見るといいようです。

 

 

 

 ②「選択的注目」

(思いがけず①が長くなってしまいましたが、こちらは短いです。)

 

これは、【わたし達はこの世のすべての情報を手に入れているわけではなく、自身の得たい情報のみ手に入れている】ということ。

わりとよく見聞きする話かと思います。

 

たとえば・・・

 車を買おうと思ってから、行き交う車をよく見るようになった。

 妻が妊娠した途端、ほかの妊婦さんに目が行くようになった。

 自分が骨折をしたら、松葉杖をついている人に気づくようになった。

 

 

何に意識を向けるか、何にフォーカスするか。

わたし達は選択できる・している、というんですね。

 

この選択によって、それに関する情報が入ってきたり手に入れられるわけです。

 

#ちなみに参考映像として「Monkey Business Illusion」というのを見ました。いかに我々が見たいものしか見ていないかが分かるテストです。英語ですが、もしよければ見てみてくださいね。


The Monkey Business Illusion

 

 

それを踏まえて「何を選択しますか」ということです。

ポジティブなこと、ネガティブなこと、どちらも選ぶことは可能です。

 

ただ、日本人の場合は小さい頃からわりと「長所/強みを伸ばす」ことよりも「短所/弱みを克服する」教育を受けていることで、ネガティブな方を見がちなようです。

 

『隣の芝生は青く見える』というのも、

  • 他人のことに関してはポジティブな側面ばかり見る
  • 自分のことに関してはネガティブな側面ばかり見る

という傾向があるから。

 

なるほどね。

 

 

リワークからの学び・気づき

「劣等感」も「劣等コンプレックス」も「優越感」も「優越コンプレックス」も誰もが持っていると聞いて少し安心しました。

 

というのも、わたしの中では「劣等感」が出てきたと思うと「優越感」が出てきたり、わりと目まぐるしくコロコロと変わるような気がしていたからです。

もしかしたら「劣等コンプレックス」による「優越コンプレックス」が強いということなのかもしれませんが。



 

「選択的注目」のところで、まず長所と短所を書き出して、短所はさらに長所に変換してみるというワークをしました。

(短所は長所の裏返しってやつですね)

 

 

わたしが書いたのは

<長所>

・背が高い
・レアな経験をしている(山村留学)
・相手を思いやれる、慮れる
・正義感が強い
・マジメ
・きれい好き
・ルーティンが得意

 

<短所>

・慎重
・すぐイライラする
・手を抜けない
・人を許せない
・笑顔が少ない

#なんかもっとある気がしますが、その場でパッと出てきたのはこれ。

 

 

短所を長所に変換するのが結構難しくて、人に手伝ってもらいました。^^;

<短所>
・慎重 ⇒注意深い、ミスが少ない
・すぐイライラする ⇒細かいところに気づく・目が配れる
・手を抜けない ⇒一生懸命、良いものを目指す
・人を許せない ⇒正義感が強い、自分を持っている、人情がある、約束を守る
・笑顔が少ない ⇒真剣、八方美人でない、信用できる、見れたらラッキー

#んー、ちょっと無理やり感を感じなくもない。

 

 

「選択的注目」で長所に目を向けるだけでなく、短所を長所に変換することで、いわばすべて長所にしてしまうということのよう。

確かにこれならいくらダメ出ししてもオセロのように裏返されちゃいますもんね。

 

 

しかしわたし的には、これまた素直に受け入れにくいなと感じています。

 

先日のカウンセリングで、自尊心を高めるために褒められたら「ありがとう」と受け取る(+褒め言葉を自分から取りに行く)、という提案がありましたが、あれと同じ感覚。

 

 

言っていることが間違ってるとは全然思わないけど、なんか無理やり感が強いというか、

 「本当にそれで自尊心は高まるの?」

 「本当にそれで劣等感とうまく付き合えるようになるの?」

と疑ってしまうんですよね。

 

 

まぁこうやって考えすぎて何も行動しないより、半信半疑でもいいからとりあえず試してみる・行動してみる・形から入ってみる、ってことなんでしょう。

 

 

こういう時、「んー、分かってるけど難しいなぁ」とかこぼそうものなら、カウンセラーはすかさず

「難しいって思うと難しくなるんだよ!やってみて、違うと思ったり合わなければやめればいい。」

と言ってくるでしょう。

 

だからそれが難しいんだってば!!!!!

って感じです。^^;

#難しいっていうより本当は嫌なのかな。。

 

 

結局やるかどうかは自分次第、というのも手放された感じがしてしまう。

(そうは言っても行動するのは自分だし、手取り足取りでなく自力でやらねば意味ないのでしょうけど) 

 

 

 

ちなみに次週が最終回ですが、昨今急に見聞きするようになった印象の「セルフコンパッション」もやるそうで。

わたし自身はまだ「ナニソレ、オイシイノ?」状態なので、ちょっと予習しておこうと思います。

#にしてもこうやって急に見聞きするようになるあたり、日本人って本当流行りに弱いですよね・・・。(猫も杓子も状態)

 

 

*おわり*