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100点やめて60点を目指す ご自愛ブログ

2020.4うつ休職→薬を使わない治療で2022.4正式復職。自分と仲良く&自分に優しくありたい。

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【休職249日目】わたしのそれは劣等感ではなかった?|第2回リワーク

こんにちは/こんばんは、emustanyです。

 

晴れた昼間は「初秋?」「むしろ春なの?!」ってくらい暖かいですが、日が落ちるとグンと冷えてきますね。

とはいえ在宅勤務で別室にいる夫と、リビングにいるわたしが別々に暖房器具を使うのは効率が悪い。

 

 

取り急ぎは湯たんぽ先生を召喚して過ごしています。

 

湯たんぽって結婚してから初めて使ったけど、今では冬の必須アイテムです。

お湯注ぐだけで寒くなくなるなんて、もう湯たんぽサマサマです。

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3年くらい前、冷え性のわたしに夫が買ってくれたHUGO FROSCHというドイツ製の湯たんぽ。
冬の夜の足先に、重宝しております。

 

 

いろいろ気づいたリワーク

さて、今日の昼間はリワークに行ってきました。

12月のリワークは『劣等感』がテーマですが、今日はその第2回。

 

#第1回の様子はこちらからどうぞ。
  

今日学んだこと

前回学んだ「劣等感とは何か」を踏まえ、今日は

 ①「劣等感」と「劣等コンプレックス」の違い

 ②「劣等感」と「自尊心/プライド」

について学んできました。

 

 

①「劣等感」と「劣等コンプレックス」の違い

一般的な言葉の使い方では「劣等感」で両方の意味を含んでいることが多いですが、少し深堀してみると

  • 劣等感・・・自分が他人より劣っているという感情
  • 劣等コンプレックス・・・劣等感が増大したもので、心の不調を生み出す

ということでした。

 

 

「他者」との比較であっても、「自分の理想」との比較であっても、単純に「自分は劣っているな」と思っただけならば、その劣等感を前向きに活かして自身の原動力・モチベーションとすることができます。

 

例えば、 ”みんなは自転車に乗れるのに自分は乗れない” のであれば、「自分も乗りたい、乗れるようになりたい」となって、実際に乗れるよう練習をする、といったことです。

 

 

しかし、これが「劣等コンプレックス」という強い劣等感になってしまった場合。

こうなるとむしろ逆で、エネルギーを奪って苦しくなり、取り組むべき課題に取り組めなくなったり、克服することを躊躇したりしてしまうというのです。

 

先ほどの例で言えば、「自転車に乗れないなんて、何て自分はダメなやつだ」とか、「今さらやっても無駄、意味がない」と思ってしまったり。

 

「自分はダメだ、価値がない、能力がない、生きている意味がない・・・」という思考、あるいは自己評価なので、これは何ともつらいですね。

 

 

また、劣等コンプレックスのレベルとなると、親の影響もあるようです。

親から「お前は運動神経悪いから自転車なんて乗れない」とか「お前は努力しても無駄」と言われたら・・・?

 

大人になれば「自転車乗れなくたって大したことない」と思えるようなことでも、子どもとしては自己評価が下がってしまうでしょうね。

 

 

 

②「劣等感」と「自尊心/プライド」

「劣等感」と関連する概念に、「自尊心」や「プライド」といったものがあります。

 

これも日本語だとやや混在して使われがちなので、リワークでは英語の「Self-Esteem(自尊心)」と「Pride(プライド)」で対比して説明がありました。

 

 

簡単に言うと、こんな感じ。

  • Self-Esteem(自尊心)・・・自身に対しての感情や認識
    →自分に対する自信や満足に由来
    →欠点も含めて自分を受け入れ、自身を大切な・尊い存在であると感じる
  • Pride(プライド)・・・他者との比較で得られるもの
    →劣等感に由来し、比較相手に対して自分の方が上(下)と感じる
    →欠点の存在を許せず、失敗を恐れ、基本的に不安な状態

 

 

リワークからの学び・気づき

今日の内容から、恐らくわたしがずっと「劣等感」として感じてきた感情というのは、実際は「自尊心(が低い)」の方だなと気づきました。

 

 

第1回の時の記事で、『わたしの参加のモチベーション』としてこんなことを書きました。

また、昔から「ここがすごいね」「ここが素敵だね」と周りに褒められても、それを素直に受け取ることはなかなかできません。

 

謙遜とかではなく、「いや、自分はそんなことないです」って思ってしまうのです。

下手すると「なぜそんなに褒めるの?何か裏があるの?」とすら思う始末。

 

これ、明らかに自尊心が低いって話ですね。

周囲がどんなに言ってくれても、当の本人がそれを認めず、自分に価値があると思えないわけです。

 

自分に価値があると思えないから、ありのままの自分でいいと受け入れるなんてこともできず、常に頑張ろうとしてしまう。

 

 

改めて前回の記事を読んでいたら、この自尊心の低さの根っこはこれのせいなのかなと思い当たりました。

わたしは「人と違う方がいい」という母の価値観があったことで、常に人と自分を比べながら生きてきたように思います。

比べた結果の判断は一般的な【優劣】というよりは、母(または父)に評価される・認められるかどうかで見てきたかもしれません。

 

 

「人と違う方がいい」という母の価値観で行動することで、一般的な評価軸では認めてもらえないことが増えます。

→自尊心低下①

 

 

また、一般的な評価軸でどれだけ「すごいね」とか言われても、”人と違う” ではないので、受け入れられません。

→自尊心低下②

 

 

加えて、母はなかなか褒めてくれないタイプの人なので、人と違うようになったところで結局それが良いことだったのか分からず、不安なことも多かったでしょう。

→自尊心低下③

 

 

 

わぁー・・・自尊心下がりっぱなし。(苦笑)

 

しかも人と違うことを志向するほど、劣等感も抱きやすくなってしまうというトラップ!

 

 

リワークの時はぼんやりと気づいただけだったけど、書いてみたらよく分かりました。。

(※毎度のことながら、実際合っているかどうかはよく分からないながらも何となく腹落ち感。)

 

 

 

次回に向けたペアワーク

リワークの最後に、次回へのつなぎとして簡単なワークをしました。

ペアの方の良いところ(見た目、印象、雰囲気、性格等)を3つ書いて、相手に共有する。
※コロナ禍なので対話ではなく書いたら紙を見せるだけ

  ↓

(来週まで)書いてもらった3つのことと、そういう見方をする方がいるということ、この2点について考えたり受け入れてみる

 

 

たまたまですが、わたしのペアは先日HSPについて書くきっかけとなった方。

 
毎回リワークやオンラインミーティングでご一緒するので、初めまして同士のペアに比べればわたしのことも知ってくれていると思います。

 

書いてくださったのはこの3つでした。

  • 気さく
  • 活発
  • やさしい

 

無言での共有だったのでなぜそう思ったかなど詳細は分かりませんが、いずれも今まで言われたことのないものだったので意外でした。

 

何だか違う人のことのようで、恥ずかしいような、こそばゆいような、思わず萎縮してしまう感じ。

でも、やっぱり嬉しい気もします。

 

 

ワークをしなければ ”そういう見方をする方がいる” と知り得なかったわけで、面白いものです。

もしブログを読んでくださる方に同じように聞いてみたら、きっとまた違う自分像が出てくるのでしょう。

 

自己認識なんて案外アテにならないということかもしれませんね。

 

 

 

次回は優越感についてだそうです。

劣等感の対極にあるもののようで、実はコインの表裏な予感。

 

おたのしみに。

 

 

*おわり*