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100点やめて60点を目指す ご自愛ブログ

2020.4うつ休職→薬を使わない治療で2022.4正式復職。自分と仲良く&自分に優しくありたい。

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【休職315日目】見た夢に考えさせられる|まぁ待て、自分

こんにちは、emustanyです!

 

 

昨日は珍しく週半ばでのお休みだったので、何だか今日は月曜みたいな気分。

 

なのに明日は土曜日、って何だか得した気分ですね!

 

#自分自身の曜日感覚は薄くなっているものの、夫はカレンダー通りだから少なからず影響を受けるんですよね。

 

 

 

昨日は上野公園をぷらぷらと散歩しました。

 

散歩するにはちょっと風が強くて寒かったですが、気持ちのいい晴天で、思い切って行ってよかったです。

 

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上野公園と言えば西郷さん。
でもこれ本人じゃなくて叔父だか甥だかなんでしたっけ?

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こっちは誰だったかなー。
こういう像を見かけると、人より馬ばかり見てしまいがち。

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この濃いピンクの花は何でしょうねぇ。時期的には梅?
植物を見てパッと名前言えるようになってみたいものです。

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不忍池にはたくさんのボートが出てました。
風が強くてみんな流されてた。。



 

 

また意味ありげな夢を見た

ここのところ、よく夢を見る気がします。

 

というか、夢ってみんな見てるけど覚えていないだけというので、たぶん眠りのサイクルによるものでしょう。

 

 

 

 

昨日は、外国人の家族のところに泊まる夢を見ました。

 

外国人だったのは、前日夜に英語のMeditation音声を聴いて寝たせいでしょう。

 

 

人の家だし、まして外国人の家だし、何をするにも「〇〇してもいいんだろうか」と気になって、何だか居心地が悪いというかのびのび過ごせないでいる感じでした。

 

 

高校でアメリカ留学した時もまさしくこんな感じだったなー。

 

何をするにも正解が分からなくて悩んだり、周りの反応を気にしてしまったり。

 

 

言語の壁も手伝って自分の言いたいことなんてろくに言えずに、我慢したり諦めたりばっかりしてた気がします。

 

 

 

昔も今も、大して変わってないんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

一方、今朝見た夢は結構リアルでした。

 

 

どうやら休職から復帰した後の設定のようで、見慣れたオフィスにいて、課長や同僚の人がいました。

 

わたしは何らか仕事をしていますが、ひとりで抱え込んでしまっている状況のようです。

 

完璧にやろうとするあまり、期限に間に合わなそうで焦っています。

 

 

最終的に、「この仕事はこんなにも大変だ」「復職したばかりなのに」と取り乱したところで目が覚めました。

 

 

 

 

いやーーー・・・

 

 

なかなかリアルな感じで笑えないです。

 

 

 

 

実際は、別に最初からガンガン前と同じように仕事をするわけないんですよね。

 

だからこういう状況になることってまずないはず、とは思うんだけど、キーーーッとなるのは業務量の問題じゃないかもしれないからなぁ。

 

 

 

前まで無意識・無自覚に我慢したり諦めたり押さえつけたりできていた考えや感情を、見て見ぬふりはもうできなくなってしまっているんですよね。

 

だからこそ、余計に小さなことでも反応しやすくなってしまっている可能性もある。

 

 

 

どうなることやら皆目見当がつかないなぁ。。

 

 

 

 

明日のリワークに向けた準備、に待った

明日の夜は、アインシュタイン先生が講師を務めるリワークの第2回。

 

 

予め、参加者には以下の問いかけについて考えておくようにとのことです。

皆さんはどのような生活習慣や体の病気がうつに関係していると思いますか? 

 

 

 

こういうのを見ると、真っ先に ”正解” を求めてしまいがちだなぁと思います。

 

また、何となく「しっかり話せるようにしておかないと」というプレッシャーも沸き起こります。

 

 

たぶん、学校で宿題が出たり、仕事で「次の打合せまでに考えてこよう!」みたいになった時、ざっくり分けると4パターンの人がいます。

  1. 何も準備しない人(忘れている)
  2. 何も準備しない人(覚えてはいるけどあえて何もしない)
  3. 多少準備していく人(当てられた時に困らない程度)
  4. しっかり準備していく人(周りを納得・説得できる程度)

 

 

お気づきの通り、わたしはだいたい4のパターンです。

 

3のつもりでやり始めたのに、気づけば4になっているとも言えます。

 

 

そうして迎えた発表などの場で、わたしは、まず1のような人の存在に驚き、2や3の人には強い憧れや嫉妬を感じるのです。

 

 

 

わたしからすれば、1の行動はほぼ自分にはありえないこと。

 

2の行動はとてもじゃないけどできないこと。

 

そして3の行動は、そうしたかったのにできなかったこと。

 

 

 

何が悔しいって、たいがいの場合は1~3であっても、4であっても、結果としてそう変わらないことも多いということです。

 

2や3であっても、もっと言うと1で完全にその場で考えた意見だったりしても、案外OKなことも多かったりするんですよね。

 

 

そういう、”自分がかけたほどの時間や労力を無しに” サラッとこなしてしまう姿を見る度、自分の要領の悪さやマジメさにうんざりするわけです。

 

 

 

テスト勉強のスタイルって、まさにそうです。

 

わたしは2週間前とかからコツコツと計画を立てて勉強を進めるタイプで、一夜漬けでこなす人を恨めしく思っていました。

 

 

 

何て言うのかな・・・

 

「どうにかなる、なんとかなる精神」とでも言いましょうか。

 

 

 

これが本当に喉から手が出るほど羨ましいのですよね。

 

 

 

 

 

明日のリワークに向けては、せめて3で済ませるべく、ここにわたしの回答を書いておこうと思います。

 

皆さんはどのような生活習慣や体の病気がうつに関係していると思いますか? 

 

<生活習慣>

太陽を浴びない、家にこもりがち、人との交流が少ない、ネット/SNS中毒、運動しない、睡眠不足、栄養の偏った食事、たぶん過剰な飲酒や喫煙も

 

<体の病気>

外科的なものより内科的なものの方が影響しそう

 

 

 

あえてざっくりにしたつもりですが、最初に「生活習慣」「体の病気」と忠実に分けて書き始めるあたりがすでに ”正解志向” な感じがしますね。

 

 

 

それに、本当は先生の治療方針や考えをベースに考えると、そもそもこの「生活習慣や体の病気」以外の要素(例えば親の価値観や家庭環境など)がより深く関係しているということのはず・・・

 

でれば、そこまで踏み込んで回答「すべき」?

 

 

 

なーーんてことも考え始めてしまいます。

 

 

 

 

 

いやいや、ちょっと待て、わたし。

 

 

別にいいよ、正解とかしっかりした答えを用意しなくても。

 

それよりせっかくだから「テキトー」を練習しようよ。

 

 

 

 

 

ということで、これ以上この問いかけについては考えないことを、ここに声高らかに宣言したいと思います。

 

「きちんとさん」の自分との付き合い・・・本当骨が折れます。

 

 

 

 

*おわり*

 

 

 

 

【休職313日目】カウンセリングよりカウンセリング寄り|癒しの診察デー

こんにちは、emustanyです!

#夕方から書き始めたら結局「こんばんは」の時間になってしまった。。。

 

 

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朝散歩ルートの河津桜、着々と花が増えてきました。
かわいいな。ちゃんと目覚めてえらいな。がんばれ、がんばれ。

 

 

今日、オーディオブックで聴き読みしていていたこちらを読了(聴了?)しました。

幸せになる勇気

幸せになる勇気

 

 

 

物語ベースなのもありますが、序盤で「課題の分離」が出てくるなど、リワーク等でアドラー心理学に触れる機会も増えた今だと、結構スッと内容が入ってきます。

 

#「課題の分離」は最近のリワークで出てきたばかり。

 

 

 

全体的に学びは多かったのですが、最後の「第五部 愛する人生を選べ」は特に響きました。

 

何ていうか、もっと聞きたい一方で聞いている耳を塞ぎたくなるほど、今わたしがもがいているのはきっとこれなんだな、と思うものがありました。

 

 

前著の『嫌われる勇気』も読んだことはあるけど、もう細かいところまでは覚えていないし、改めて読みたいなと思いました。

 

 

 

 

カウンセリング寄りの診察

さて、今日は診察日。

 

今回もオンライン、画面越しでの診察となりました。

 

 

前回(1/27)は「やる気が出ない」ということについて話をしました。

 

 

 

 

そんな前回から今回までの間は、気持ちのアップダウンが激しい2週間でした。

 

 

高校の友だちとオンラインお茶会をした日はすごーーく楽しかった。

 

 

表情筋が痛くなるほど笑うなんて、本当いつぶりだったか。

 

夫とぎこちない感じがずっと続いている中だったけど、友だちと話していたら、そんな気持ちはどこかに吹き飛んでしまったほど。

 

 

 

しかし、そこからの転落っぷりはひどかった。

 

 

 

他人同士が暮らしているようなギクシャクした雰囲気を改善したくて、夫の誕生日に手紙を書いてはみたけれど、あまり事態は変わらず。

 

 

カウンセリングで相談してみたけど、「完璧主義なんだよねぇ」などの言葉が、”上手くいかないのは自分のせいだよ” と言われているようでつらくなり、

 

 

アインシュタイン先生によるリワークの後には、世の中・将来への絶望とともに、いろいろな考え・気持ちが一気に溢れ、いっそう気分が落ち込んでしまいました。

 

 
そして、恐らくこうした出来事の影響で、身体からは息切れ・頻脈 ・睡眠の乱れなどの ”しんどいサイン” が出てくる始末。

 

 

 

「完璧主義」「白黒思考」

「べき・ねば思考」「正義感」

「人と比べてしまうクセ」

 

みーんな自分の生きづらさの要因になっているのは理解している。

 

 

 

変えた方がラクだし生きやすい、それはそうだと思う。

 

そりゃわたしだって、変えてラクに生きたい。

 

 

だけど現実はなかなか簡単にいかない。

 

 

 

うまくやる気が出ない・続かなかったり、効果を実感できなかったり、どこか ”やらされ感” があったり。

 

 

「好きでこうなったんじゃないのに」とも思う。

(拗ねているんだろうか)

 

 

 

だいたい、本でもVoicyでも何でも、出てくるメッセージはみな「変わりましょう」だったりする。

#特に今は「風の時代」に切り替わった、ということでそういうメッセージばかり目に入る。

 

今のままではダメ、変わらないと置いていかれるぞ、としきりに追い立てられている気がしてしまう。

 

 

「ありのままの自分を受け入れなさい」とも言われるのに、一方でこの「変われ変われ」ってメッセージもあって、一体どっちなのと思ったりもする。

 

 

 

すぐ人と比べてしまうけど、リワークで見かける他の患者さんは何だか成長しているように見える。

 

わたしは休職してもうすぐ1年だというのに、大して何も変わっていないんじゃないか。

 

 

もちろん、先生も前に「3年はかかる」と言っていたし、そんなすぐは変われないよと自分をなだめてはみるけど・・・

 

 

 

 

焦る。 焦る。 焦る。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・ということで。

 

診察はアインシュタイン先生お決まりの「どうですか?」から毎回始まりますが、今日はその言葉を機に、上記のようなことを一気にワーーッと話しました。

 

 

普段はあまりこういう一方的に話し続けるようなことはしないんですが。。

 

今日は、影響があった(=説明をしたい)出来事が多かったのもあり、止まりませんでした。

 

 

 

アインシュタイン先生から

さて、先生はわたしの話にどんな反応をしたのか。

 

基本的に、わたしが話をしている間は

 「そうですか」

 「そうですよね」

 「なるほどね」

と言いながらずっと聞いていてくれました。

 

 

 

否定されたり、途中で遮られたりすることなく、ちゃんと聞いてもらえる。

 

これだけでもずいぶんと安心するものなんですよね。

 

 

正直、アインシュタイン先生と話す時間の方がよっぽどカウンセリングっぽい、と思ったりもします。

 

これも先生の人柄と治療方針によるものだと思いますが。

 

 

 

今回も、残しておきたい(わたしが後からまた読み返したい)言葉たちがたくさんありました。

 

同じようにもがく方がいるかもしれないので、あまり端折らず書き残します。

 

 

■「変われ」というメッセージと ”変われない自分” のこと

  • 理屈で分かってもなかなか実行できないことはあるし、「変えなさい」って言われたところで「自分で好き好んでなったわけじゃない」っていうのも確かにありますよね。

  • いろいろ壁にぶつかる中で「これは問題だ」と思っても、現実にそれで今までずっと来ているからそう簡単には手放せないもんです。
    「手放して別のやり方をやりなさい」と言われたって、使い慣れていない・新しいやり方をしなきゃいけないわけだから、それに伴う不安もあるし、「本当にこれでいいんだろうか」「せっかくこれで今まで来たのに」って思いも、当然ありますよ。

  • 急に無理に切り替えようとしなくてもいいんです。
    ただ、「こういう考えもあるな」って知っておいていただくと、いいかもしれないね。

  • 「ありのままの自分を受け入れる」っていうのは、それで最終的にOKというよりも、徐々に変えていくプロセスにおいて一旦は自分のありのままを認めるっていうこと。
    これは、「ずっとそのままでいていいですよ」とか、「現状を甘んじて受け入れなさい」(現状や自分を変えようとするのをストップする)というのとは違う。
    思い切った・無理な跳躍を試みるとケガをするから、一旦はそこ(現状の自分)を認めて徐々にステップアップしていきましょうね、という発想だと私は思います。

  • 先に進む・変わるスピードって個人差があるけど、早く進んでいる=よく理解しているとは限らない。
    急速に変わる人は、表面的な理解・表面的な変化に留まっている可能性がある。

  • 私達に言われて、パパッと変わる人も中にはいます。
    でもよく話を聞いていると、親に言われたから言う通りにして、学校の先生に言われたから言う通りにして、このクリニックで言われたから言う通り・・・をしているだけかもしれない。「いいな」って思ったらよく検討もせずにパッと飛びついている可能性もある。
    そうすると一見変わっているように見えるけど、同じこと繰り返しているだけの場合もある。

  • それよりも、本人がよく納得をして、本当にこれだって感覚を持てるかどうか。
    そうやって進んでいく方がいいんじゃないかな。

  • 周囲が急速に変わるような時というのは、むしろ変わらない方が正解だったり、真実をきちんと見ている場合もあるんじゃないか。

  • ゆっくりでいいです。
    「3年かかる」と言っているのも、そういう意味です。

 

 

■カウンセリング/カウンセラーのこと

  • emustanyさんの話を聞く限り、あんまり共感してもらえたって感覚はないかもしれないなぁとは思います。 

  • 同じカウンセラーで続けるなら、ちゃんと話した方がいいです。
    もし話をするのがきついなら他のカウンセラーに変わってもいい。

  • カウンセリング自体を中止して、一旦立ち止まって考えてもいい。
    自分にとってカウンセリングは必要なのかな、とか。

  • カウンセラーの対応や発言に対して感じたことというのは、とても大切なこと。
    怒りとかカチンとくるとか、今まではそんな感じなかったけど妙に話聞いててイライラしたとか、そういうのは大切なことなんです。
    自分が話したことに共感とか寄り添うことなしに「あなたがこうすればいいんじゃない?」って言われて、「わたしの話聞いてないじゃない!」「そういう言い方はないでしょ!」って思ったかもしれない。
    でもそういう感情が沸き起こってくることの大切さってあるから。

  • 「相手を変えることはできないから、あなたが変わるしかない」という考え方に対して、カチンとくるという患者さんがいます。
    これって結局、子どもの頃から親とか周囲に対して気を遣って、自分が我慢してやってきて具合を崩すことになったのと全く同じ構造のことをしていることになるんです。
    相手は変えられないから自分を変える、自分が相手に合わせる、というのはそういうこと。

  • 自分が変わる目的というのは自分のため。
    「相手との関係を良好にするために」「相手を変えるために」「相手のために」何かするんじゃなくて。

  • 自分のために自分を変えるというのは、相手にしがみついて依存していた自分を変えて相手と距離を取るとか。自分ばかり変えて相手に振り回されてきたのをやめるために自分を変えるとか。

  • 相手と上手くいかないのを良好にするためにあなたが変わるのではなく、そういう変わり方をしなければ良好な関係を保てない相手とは無理に良好な関係を保つための努力をしないで済むような自分に変える、ということ。

  • 「仲良くする」のは両方が努力しないとできないことだから。
    片方だけが努力するのは、主と家来の関係だからね。

 

 

■焦りの気持ちのこと

  • emustanyさんの場合は、パッパッと答えが出るというより、ひとつひとつ考えていく方がいいんじゃない?
    ひとつひとつ立ち止まって、カウンセラーに言われても納得できなくて、リワークに出ても納得できなかったりイライラしたり、それは大切なことだと思う。
    パッパッパッとできなくてもいいですよ、全然。

  • ひとつひとつよく考えて、自分で納得した方がいいね、あなたは。
    中途半端な変わり方はたぶん後悔するから、ちゃんとやった方がいいと私は思うけど。

  • 私の感じでは、いろんなことを今まで考えなかった視点から考えるようになっていると思うから、3年かかるうちの1年分は確かに進歩していると思うんですね。
    ただ、あなたの中で1年で一気にこれといった答えが見えないから戸惑っているかもしれないけど、1/3くらいはちゃんと進んでいると思うから、あまり焦らずに、考えてみたらどう?

 

 

 

診察が終わって

話があっちこっちに飛んだり、思い返すと説明不足だったなということがあっても、とにかくちゃんと聞いてもらえたこと。

 

まずそれだけで、ずいぶんと気が楽になった気がします。

 

 

もちろん、これで何かが直接解決したわけではなく、課題は山積みのままだし、焦る気持ちとか頭がぐちゃぐちゃなのも変わってはいません。

 

 

 

 

ただ、アインシュタイン先生の

 「ゆっくりでもいい」

 「あなたは納得しながら進めていった方がいい」

 「ちゃんと進んでいる」

こういう言葉にわたしは救われるのです。

 

 

 

あらゆるメッセージを取り込んで、「変われ」「早く」「もっと」とお尻を叩きまくっているのは、紛れもなく自分なんですよね。

 

本当は先生がくれたような言葉を、自分がかけてあげられるといいのでしょう。

 

 

 

やっぱりとことん自分に厳しい・冷たいわたし・・・。

 

 

 

 

せめて、谷に落ちてもがいたり、(三歩進んで二歩戻るどころか)二歩進んで三歩戻っているように感じても、少しずつはどうにか進んでいるんだと言い聞かせてあげなきゃなぁ。

 

 

 

 

 

・・・ブログだと、どうも無理に明るくポジティブに締めようとしてしまいますね。(苦笑)

 

 

1年近く休んでもまだこんなにグラグラかと思わなくもないですが、ちょっとずつ変わっていると信じて。

 

 

 

あったかいココアでも飲んでこようと思います。

 

 

 

*おわり*

 

 

 

 

【休職312日目】また『サイン』が出ているのかもしれない

こんにちは、emustanyです!

 

 

なるべく毎日外で過ごそう週間(?)の今週。

 

昨日はミスド、今日はプロントです。

 

 

プロントと言えば、この人たち。(※記事後半)

 

 

えぇ、今日もいらっしゃました。

 

 

今日は男性4人、2人用のテーブル席を4つ横に盛大に使って。

 

マスクなし、もしくは顎マスクで、大声でしゃべり、会話が途切れると歌いだす。

 

 

そのくせ

「緊急事態宣言解除は早すぎるよな」とか

「オリンピックはもうやめた方がいいよな」とか・・・

 

どの口が言ってんだ。

 

 

本当にもう・・・これを老害と言わず何と言う。。。

イライライライライライライライライライラ

 

 

 

 

これは『サイン』?

 

昨日は夕方までミスドにいたのですが、途中からやや息切れ感がありました。

 

気になりつつドラッグストアに寄ったところ、ふと視界に入った自分の手の青白さにびっくり。

 

 

「息切れのせい?」と考えているうちに、動悸のような、貧血のような感覚が。

 

心なしか舌や手先に痺れる感じも。

 

 

わたしはApple Watchを使っているので、こういう時は心拍数をチェックします。

 

80前後が多く正常値のようですが、突発的に「182」とか出ているのを見ると、落ち着くどころか余計にヒヤヒヤしてしまいます。

 

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昨日の心拍数データ。
「182」というのは突発的なもので、気にしなくて良さそうだけど・・・

 

息切れ感から血中酸素が気になってきますが、わたしのWatchは血中酸素飽和度の測定機能がない機種です。

 

夫のは最新機種で測定できるので、慌てて帰って測定させてもらいました。

 

 

何度か図りましたが、98%とか100%とかだったので、どうやら問題なさそう。

 

 

 

 

こうなると、心理的な影響が大きそうです。

 

わたしは何か身体に不調を感じると、気になってそのことばかり考えてしまうところがあります。

 

 

考えたり、時にはちょっと調べたりしているうちに

 「重大な病気なんじゃないか」

 「まさかコロナ?」

 「死ぬのかもしれない」

とどんどんネガティブな方に引っ張られていって、余計にパニックになってしまいがち。

 

 

 

例えば、今思うと、ドラッグストアでの手の青白さは蛍光灯の白い光のせいもあったかなという感じですが、息切れ感が気になっていたので「これ、ヤバいんじゃないか」と考えてしまう。

 

こうなると自分で自分をパニックに陥れて、貧血っぽさとか痺れまで引き起こしてしまう。

 

 

似たようなことはこれまでに何度となく経験しています。

 

 

 

 

今日もまだ息切れ感は続いています。

 

 

原因は分かりませんが、心理的なものだとすれば、カウンセリングの件など結構ストレスがかかった状態で過ごしているので、そのせいでしょう。

 

#そういえば、この時も動悸や息切れ感があったなぁ。

 

 

心理的なものじゃないとしたら、昨日はずっとミスドで座りっぱなしで血液が足に行ってしまったからとか、換気で窓が開いていたので寒かったからとか?

 

 

しかしここのところ、睡眠もおかしい(寝付けない、夜中の中途覚醒も毎晩ある)ので、これは『サイン』なのかもしれないな、と思い始めています。

 

最近は思考が壊滅的にネガティブなので、負の自家発電をしている可能性が高そう。

 

まぁ睡眠の方は、もしかして夕食断食やカフェイン断ちの影響もあるかもなので、ちょっとハッキリとはしないのですが。

 

 

 

明日診察なので、アインシュタイン先生と話してみようと思います。

 

 

 

 

それにしても・・・

 

「動悸・息切れ」なんて、某CM(〇心)で聞くくらいで、全く自分ゴトじゃなかったのにこんな身近なものになるなんてなぁ。

 

 

 

 

*おわり*

 

【休職311日目】徒然なるままに考|まもなく春が来るけれど

こんにちは、emustanyです!

 

 

気分は相変わらずですが、いつまでも暗いテンションで書いていると読者の方にも申し訳ないのでね・・・

 

せめてブログ上だけでもアゲていこう、という次第。

 

 

 

先ほどまで医療費のまとめ記事を書いていたのですが、項目別の費用を集計していたところで、請求明細が点数なのでうまく項目を分けられず、頓挫しています。

#やる気が失せたとも言う。

 

ずっと分からないんだけど、なぜ診療報酬って点数制なの。。。

 

 

 

 

まもなく春ですが

 

おととい昨日と暖かく、何なら日なたで動くとちょっと暑かったりもして。

 

と思ったら、今日はまた寒くって。

 

 

三寒四温とは言うけれど、アップダウンが激しくて大変ですね。

 

季節の変わり目の中でも【冬⇒春】が一番変化が激しい気がします。

 

 

こういう時期って自律神経やられがちですよ、気をつけましょうね。

#診断書上は「自律神経失調症」のお前が言うな、って話。(苦笑)

 

 

 

冬から春になる頃って、何だか日差しの力も急に強くなる気がします。

(太陽の軌道が高くなるとかでしたっけ?中学の頃、天体は超苦手だったのでよく覚えていない。。)

 

 

太陽の存在、日差しの力強さは本当に有り難い。

 

だけど、光が強すぎると「閃輝暗点」を起こしそうで怖いのです。

 

 

太陽を直接見ることはないにしても、太陽の光って車のボンネットや窓ガラスに反射して、意図せず目に飛び込んでくることがあります。

 

そうすると、カメラのフラッシュを見た時のような閃光と残像が目に焼き付いてしまい、わたしの場合はこれがきっかけで閃輝暗点が起きることもあるので結構ヒヤヒヤするんです。

#サングラスでもしたらいいのかしら。(涙)

 

 

 

ちなみに閃輝暗点は光だけでなく、強い香りや食べ物でも発症します。

 

今ちょうどミスドにいますが、先ほど近くの席に来た女性から香水っぽい香りがしていて嫌な予感がしていたら、ハンドクリームまで付け出してさらに強い香りがしてきて、頭が痛くなってきたので仕方なく自衛のため席を移りました。

#せっかくソファ席だったのに!!

 

 

彼女の香りは一般的にはそこまで強めじゃないかもしれません。

 

しかしわたしにとっては、頭が痛くなるというだけで十分迷惑です。

 

 

世の中、「くさい」人が多すぎます。

 

香水でも柔軟剤でもヘアケア剤でも何でもそうだけど、香りを使う・纏う人は、他人の健康を害していることをもっと自覚してほしい。

#もしくは「あなたくさいんで離れた席に行ってもらえます?」って言える世の中になってほしい。(切実)

 

 

 

 

・・・話が逸れました。

 

もうすぐ春、ということを書きたいのでした。汗

 

 

 

春が近づいてくると、何となく気分がソワソワ。

 

浮かれた気分とはちょっと違って、なんだろ、動き出さなきゃという感じ?

 

 

動物としての感覚でしょうか?

 

それとも日本の「新年度」という風習のせい?

 

 

 

3月を意識すると、何かを修めないといけないような。

 

4月を意識すると、何か新しいことを始めなきゃいけないような。

 

 

 

ちなみに某ユーキャンの広告は1月と4月が多いらしいですね。

 

新年・新年度は「新しいことを始めたい」という機運が高まりやすいのでしょう。

 

 

 

わたしの今の予定は4月から職場復帰(厳密な復職ではなく、復帰に向けた練習期間)なので、修めるものは休職生活、始めるものは会社生活、といったところ。

 

しかし、昨日の最後にもぼやきましたが、ここ数日のガタガタ具合からすると本当に戻れるのだろうかと思ってしまいます。

#戻りたいかはまた別の話。

 

 

まぁでも、今の「家庭生活しかない」「コミュニケーション相手が夫しかいない」という状態を脱することは、もしかしたら大事なのかもしれません。

 

「家庭」という小さな世界しかないことで、しんどくなっている面も結構ありそうなので。

 

 

 

そんな思いから、今週はできるだけ家を空けて過ごしたいと思っています。

 

といっても気楽に遊び歩けるご時世でもないし、いつもと変わらずカフェに行くくらいが関の山ですが。

(できれば美術館・博物館とか、久しぶりに登山とかに行きたいけど)

 

 

 

 

しかし・・・

 

それって目の前の課題に向き合わずに逃げているだけな気がするのも事実。

 

 

時間が解決する類のものならいいんですが、時間が空くだけ心の距離が離れたり、変な方向に思考が持っていかれないかは、ちょっと不安です。

 

 

 

 

*おわり*

 

【休職310日目】リワーク後の大号泣、そのワケは?

こんにちは、emustanyです。

 

 

今日も残念ながら気分は落ち込んだままです。

 

というか、昨日の夜はさらにひどく落ち込み、涙が止まりませんでした。

 

 

 

ちなみに今朝、こんな夢を見ました。

研修とか合宿みたいなものに来ていて、8人くらいのグループで、何かの調査に出かけようとしているところ。

外は雨みたいだ。

 

出発準備をしているが、わたしの荷物がなかなか揃わない。
(ロッカーから道具を出すんだけど、どこに何が入ってるか分からず、開けたり閉めたりばかりしている)

 

どんどん時間が経ってしまい、ほかのグループはもう出発している。

他のメンバーを待たせている焦りがどんどん強くなっていく。

 

どうにか準備が終わって玄関を出ると、傘がないのに気づく。

もうこれ以上みんなに迷惑かけられないと思い、謝って、ホテルに留まることにした。

 

もうそれ以外どうしたらいいか分からなかった。

散々待たせて、さらに待っててもらえる気がしなかった。

 

 

 

2月リワーク講師はアインシュタイン先生

 

昨日は18時からオンラインのリワークに参加しました。

 

今月はコロナの影響もあって他のリワークは開催されず、アインシュタイン先生によるプログラムのみとなったようです。

 

 

テーマは『うつ病の全体像を考える』。

 

休職して間もない6月・7月に受けたリワークと一部内容が重複していましたが、より詳しく解説を受けた感じでした。

 

#以前のリワークの様子はこちらに書いています。(随分と昔のように感じる。。)

 

  


 

初回のトピックは『うつ病を白紙から見直そう』ということでしたが、キーとなる問いかけは

うつ病」、あるいは「発達障害」や「HSP」や「パニック障害」等々・・・

これらって本当に(”病気” として)あるのでしょうか?

 

 

これだけ読むと、

 「えっ?ないの?」

 「誰だ、そんなことを言う藪医者は!」

となるかもしれませんね。

 

 

 

 

医者でもないわたしが詳しい説明をここでするつもりはない(というかできない)のですが、ポイントだけ書いておくと

 

  • メンタル疾患は、例えば他の高血圧や糖尿病などのような病気と比べて、病名がコロコロと変わる傾向がある。
    (ex. 精神分裂→統合失調症、不安神経症パニック障害社会不安障害

  • なぜ変わるか?⇒症状の表面的なところで見るようになり、メンタル疾患ではこれが顕著。
    (ex.以前は「糖尿病による痺れ」「ヘルニアによる痺れ」だったものを、痺れという共通部分を「神経障害性疼痛」として見ることで、糖尿病やヘルニアによる治療に加えて、神経障害性疼痛に対しての治療も行うようになった。メンタル疾患でも、以前は「~のためのうつ」と根っこを見る治療が行われていたが、今は共通症状であるうつに対して薬が出される。)

  • 「疲れやすい」「睡眠の問題」「集中力の低下」「楽しめない」「不安」・・・などは、うつの主症状とされるが、実は ”Sickness Behavior(疾病行動)” でも同様の症状が見られる。
    ⇒じゃぁその差は何なのか?どう見分けるか?そもそも違いなんてない?!

  • うつ病ではセロトニンの欠乏が原因の一つとされている。
    セロトニンは、原料のトリプトファンから葉酸・ビタミンB6・亜鉛などを使って生成されるが、酸化ストレスやサイトカインといった炎症が起きるとこの動きが阻害されてしまう。
    ⇒同じ症状(疲れやすい云々)でも、原因は栄養不足だったり慢性の炎症である可能性もある。にも拘わらず、十分な検査もないまま、表面上の症状で一律「うつ」と診断されてしまうのが現状。

 

※あくまで講義を聞いてのわたしなりの理解なので、間違っている可能性もあることをご了承ください。

 

 

 

どうも聞いていると、現代医学がいかに「医療ビジネス」のために動いているかを思い知らされます。

 

新しい病気を作り出す(発見するということではなく、見る角度を変える、扱う単位を変えるといったイメージ)ことで、新たな薬を売ることができるのですから、こんな美味しい話はないですよね。

 

 

よく「うつ病」と診断されて抗うつ薬を飲んでいるけど、あまり効かない・治らない・すぐ再発する人たちがいるというのも、こういうこと(=根っこではなく表面上の症状に対して薬が投与されているので根本治療になっていない)が関係しているのかもしれません。

 

 

 

 

国や医療ビジネス関係者(製薬会社等)は、果たして本当に国民の命を守ろうとしているのだろうか・・・・・・

 

今般の新型コロナの件で、大なり小なり誰もが疑問を感じたりハッキリと気づいたことでしょう。

 

 

 

 

リワークでアインシュタイン先生が示してくれたことは、恐らくは問題のごく一端でしかないのでしょう。

 

知れば知るほど、そこにはもっと深い闇があるのだと思わざるを得ません。

 

 

6月・7月のリワークの時もそうでしたが、「なるほど」と思う一方で、「一体この先どうしたらいいのだろう」と不安や絶望感に襲われます。

 

 

 

今思えば、このリワークがトリガになって、夜の落ち込みにつながったのかもしれません。。

 

 

 

 

リワーク後、前夜を上回る落ち込み発生

 

先日のカウンセリングで、ひどく落ち込んだと書きました。

 

 

 

 

落ち込んだ気分は、昨日昼間にサイクリングをしたりして、リワークの前まではどうにか通常レベルに戻っていたんです。

 

 

しかし、リワークが終わると、リワークでの不安や絶望感に加えて前日のカウンセリングのことや、夫の態度など・・・

 

いろんな思いや考えが一気に溢れてきて、早めに布団に入ったはいいけど、大号泣となってしまいました。

 

 

泣いている間中、頭の中はぐちゃぐちゃでした。

 

しばらく泣いていると夫が様子を見に来て「どうしたんだい」「何があったんだい」と聞いてきましたが、ぐちゃぐちゃすぎて何も答えられませんでした。

 

 

 

 

ようやく落ち着いてくると少しだけ理由が見えてきた気がして、書き留めてから眠りにつきました。

 

 

あえてその書き留めたものをそのまま載せてみます。

 

完璧主義や、白黒思考や、べきねば思考・・・

直した方がいい・直す「べき」ものを、直せていないことへの焦りや絶望

 

自分のことがどんどん面倒くさくて嫌いなやつになっていく

ひどい自己嫌悪

 

自分のことが分かれば分かるほど、直すとこだらけと絶望する

そんなに簡単になんて直せなくて焦る

 

こんなじゃない人になりたい、もうこんな自分はいやだ

 

これもあれも、こんなのもまだあるから、だからお前はダメだと言われた気分

 

他の人たちはどんどん変わっていってる、成長しているのに

結局わたしは休職して1年近く経っても何も変わっていないんじゃないか

 

 

 

世の中への絶望

何を信じたらいいか、何を頼ったらいいか

将来が見越せない、明るい未来なんてない、不安と恐怖しかない

 

自分で自分を守る、自分が賢くなるしかないんだろうけど

自分にはそんな賢さない

ずっと続けるのもしんどい

 

 

 

「風の時代」で、発信が大事と言う

発信してる人がすごく魅力的に見える、難なく・楽しくやってるように見える

 

発信を聞いてると、変われ変われと言われているような気になる

どんどん置いてかれているような恐怖

 

 

土台となる夫との関係すら危うい、まともに機能していない

ずっとこうだったのか、最近こうなったのか

心安らげる場所・存在だったはずなのに

 

今は家が1番のストレス源の対人関係

それ以外がほとんどないからか

対人関係がなければ悩みも消えるなら離れるしかないのか

 

 

愛されない自分

でも愛されたい自分

それじゃ他者に振り回されることになるんだろうけど

でもじゃぁどうすればいいの

 

 

 

改めて読むとなんだかポエムっぽいですけど。。

 

 

 

カウンセリングで完璧主義の部分を刺激された結果、

 

 「言われなくても分かってるよ!」

 「だけど簡単には変われないからくるしいんじゃないか!」

という反発から始まって、

 

 「完璧主義が直せない自分はダメなやつ」

 「わたしだって、こんなわたしが嫌い」

という自己嫌悪、自分いじめに発展。

 

 

そこにリワークで将来への絶望が加わり、

 

さらに良かれと思ってやっているVoicy等のインプットが自分を変えろ、さもなくば置いてかれるぞ、というプレッシャーになり、

 

 

夫となかなか元通り仲良くなれず、どうしたらいいか分からない状況が、

 「愛されたいけど愛されない自分」

をハッキリと感じさせ、

 

 「いっそこの関係を手離した方が楽になるのでは・・・」

という考えにまで追い詰めていってしまう。

 

 

 

 

こうしたことが一気にコップから溢れ出してしまって、自分でも混乱するほど号泣してしまったのかな。

 

 

変な話ですが、何となくそれっぽい理由が見えたことで、少しだけ安心しました。

 

何も事態は変わっていないんですけどね・・・。

 

 

 

ちなみに冒頭に書いた夢も、何となく追い詰められたり焦ったりしている心理の表れなのかなと思いました。

 

 

 

なんか・・・

 

こんないきなり不安定になるんじゃ、復帰なんて全然できる気がしないなぁ。

 

 

 

 

*おわり*