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100点やめて60点を目指す ご自愛ブログ

2020.4に休職、「薬を使わないうつ病治療」を経て、2022.4に正式復職。自分を育て直す旅が始まりました。

【休職303日目】待つ、任せる勇気|1月リワーク最終回

こんにちは、emustanyです!

 

 

気持ちのいい青空が広がっていますね。

 

本当に太陽が出ているだけで、こんなにも嬉しい気持ち。

 

 

わたしは犬よりネコ派なのですが、たまに

「きっとわたしの前世はネコだったに違いない」

と冗談ながら思うことがあります。

 

 

居酒屋とか行くと角っこの席が好きだったり、夫に頭突きならぬ鼻突きをしたい衝動に駆られたり。

 

日向ぼっこが好きなのもその理由のひとつ。

 

 

まぁ、昼寝とかずっと寝ているのは苦手なんですけどね。

 

 

 

 

相変わらず難題たっぷりのリワーク

昨日の昼間は、1月のリワークの最終回でした。

 

『自分自身との付き合い方』をテーマに進めてきたプログラムですが、最終回のトピックは『自分と他者との境界を意識する』でした。

 

#前回までの内容はこちらからどうぞ。

 

 

ちなみに今回は配布資料がなかった(初回の時に準備が追い付いていなくて第4回だけ配られていなかった)ので、すべて手書きでメモ取りました。

 

f:id:emustany:20210131123846j:plain

B5で裏表2枚(計4枚)分のノート取りました。
これ見返しながら一生懸命ブログ書いてます。(;^_^A

 

 

メモるのに一生懸命になるあまり、話は半分くらいしか聞けないという ”あるある” を久しぶりにやってしまいました。

 

こういうところ、学生の頃から成長しないよなぁ。(苦笑)

 

 

 

今回のリワークの内容

まず、今回のトピックである『自分と他者との境界を意識する』ですが、言い換えると【課題の分離】となります。

 

 

この「課題」というのは「やるべきこと」という意味。

 

「課題の分離」とは、ある出来事・相手との関係において、それが「自分のやるべきこと」か「相手のやるべきことか」を明確にすることです。

 

 

 

例えばこんなケース。

わたし(姉)と妹はピアノ教室に通っていて、もうすぐピアノ発表会。

わたしは失敗したくなくて毎日練習してるけど、妹はあまり練習をしない。

妹に「このままじゃ良い演奏できないよ、練習しなよ」と言ったら、ケンカになった。

 

姉としては妹のことを思って、あるいは妹に恥をかかされたくなくて、「何とかしなくちゃ」と口を出したのでしょう。

 

しかし、「妹が練習をしない」というのは妹の課題。

 

妹から相談されたわけでもないのに、姉が口を出したことがケンカの原因になってしまっています。

 

つまり、姉は他者である妹の課題に口を出し、妹は自分の課題に口を出された状態です。

 

 

 

あるいはこんなケース。

お母さんがいちいちうるさい。

「早くお風呂に入りなさい」とか「宿題やったの?」って言ってくる。

「何をいつやろうと私の勝手でしょ」と言ったけど「いいから早く」と言われた。

 

これも、お風呂に入るのも宿題をするのも、誰の課題(やるべきこと)かといえば ”わたし” です。

 

しかし、他者である母が自分の課題でもないのに、また頼まれもしないのに口を出してきたので、気分が悪くなったということ。

 

 

 

似たようなケースは多々あるでしょう。 

親が「勉強しなさい」と言っても子どもが勉強しない。 

家族が部屋を散らかす/片づけをしない。

 

  

あとはちょっと変化球だと、こんなのも。

友人同士が言い争いをしていて気になる。

パートナーの仕事が忙しそうで心配だ。

 

 

 

 

自分と他者との課題があいまいになり、相手の課題に口を出したり、自身の課題に口を出されると、関係が揺らぐことがあります。

 

 

これを避けるためには、「課題を分離する」ことが重要。

 

誰の課題なのか(自分?それとも相手?)を明確にし、その境界を意識すること。

 

 

これは自分も相手も尊重した関係を築くことにつながります。

 

 

 

一見誰の課題か分からない時は、その行動の結果(責任)を最終的に引き受けるのは誰かを考えてみるといいそうです。

 

 

 

最初の姉妹の例で言えば、

  • 練習をせずに発表会で失敗したとしたら、恥ずかしさや後悔を引き受けるのは誰?
    ⇒ ×姉 〇妹
  • 姉の心配、気がかりを解消できるのは誰?
    ⇒ 〇姉自身 ×妹

 

姉は、自身の心配を妹に練習させることで解消させようとしていました。

 

そうではなく、自身の課題として捉え直すことで考え方・行動・アプローチを変えることが期待されます。

 

 

人を変えるより自分を変えることの方が、取り組みやすいし解消もしやすいはず、と。

 

 

 

 

ここで、簡単なワークを行いました。

#簡単なので、よろしければ一緒に考えてみてください。

 

  1. 相手との関係が悪くなった出来事を思い出す。
    (気分を害した/イラっとした/モヤっとしたのは自分?相手?)

  2. その出来事はどちらのパターンだったか?
    ・自分の課題に踏み込まれた
    ・相手の課題に踏み込んだ

  3. ”いつものパターン” はどちらのパターンになりがちか?
    ・自分の課題に踏み込まれがち
    ・相手の課題に踏み込みがち

  4. 「ライフスタイル」や「日ごろの考え方」の影響はありそうか?
    ※ライフスタイル:第1回参考(安楽族、喜ばせ族、コントロール族、優越族)
    ※日ごろの考え方:第2回参考(「~べき」「~ねばならない」という思考)

 

 

 

長く読んでくださっている読者の方はすぐ予想がつくかもしれませんが(苦笑)、わたしの回答は

  1. 夫が家事(掃除や料理)をしている時に、「こうしたら」「あれもあるよ」とあれこれ口出しをして、「任せるならちゃんと全部任せてよ」と言われた。

  2. 相手の課題に踏み込んだ。

  3. 夫とか家族に対しては相手の課題に踏み込みがち。
    仕事だとたぶんあまりそれはなくて、自分の課題に踏み込まれることの方が多いかも。

  4. (ライフスタイルはハッキリした傾向はなかったけど)コントロール族や優越族の辺りが影響してそうな気がする。

 

 

 

 

”いつものパターン” は分かったけど、気になるのは「じゃぁ一体どうすればいいの?」ということですよね。

 

 

 

まず、「相手の課題に踏み込んでしまいがち」な場合。

 

これは踏み込む前に

  • 待つ
  • 相手を尊重する
  • 相手の気持ちや考えを聴く
  • 任せる勇気を持つ
  • 許可を得る

といったことをしましょう、と。

 

 

任せる勇気・・・わたしはこれが圧倒的に苦手です。

 

許可を得るというのも、夫には「嫌だ、聞きたくない」って言われそう。(涙)

 

 

 

それから、「自分の課題に踏み込まれがち」な場合ですが、これは2つあって

  • 踏み込まれそうになった時に「境界線」をイメージする。
    相手をテレビの枠に入れてみたり、相手との間にアクリル板を置いたり、自身が透明なシールドをまとったり。

  • 断り方の表現方法を身に着ける。
    ・具体的には「アサーション」と呼ばれるもの。
     今回のリワークではアサーションの詳細まではやりませんでしたが、「I(私)メッセージ」で伝えるのが基本のようです。
    ・断る時は言い訳せずに断るのもポイント。
     言い訳すると相手がそれをもとに説得したり交渉しようとしてくるため。

 

テレビの枠に入れるのいいですよね。アクリル板も。

 

「あー、また言ってるわぁ」「え?なに?聞こえないよー」みたいな。(笑)

 

 

「勝手に踏み込んできてるな」と自覚するのが大切なようですよ。

 

その上で、「心配してくれてありがとう。でも自分でやってみるよ。」などと言えるようになればgood◎

 

 

 

 

もう1つある策としては、「共同の課題にする」というのがあります。

 

これは「踏み込む」「踏み込まれる」、どちらも関係します。

 

 

共同の課題にするというのは

  • 自分の課題を自分一人では解決できなければ、協力を依頼する。
    →ex. 「~してもらえると助かる」「~してくれたら嬉しい」

  • 他人の課題を共に解決したければ、協力したい(できる)と伝える。
    →ex. 「心配しているよ」「困ったときは声を掛けてね」「いつでも話を聞くよ」

 

 

いずれも相手の同意を得て初めて「共同の課題」となります。

 

特に後者で大切なのは、土足で踏み込まずに必ずドアノック(確認)をすることだそうですが、あまりやると嫌がられたりしそうだなぁと思ったり。(;´Д`)

 

 

相手から協力を依頼された(≒相談を受けた)場合は、先に相手のニーズを確認しておくといいそう。

 

話を聞くだけでいいのか、アドバイスが欲しいのか、何かアクションが必要なのか・・・など。

 

 

 

 

今日のリワークからの学びや気づき

#内容説明が少し長くなってしまいましたね。すみません。

 

【課題の分離】について、最初はちょっと冷たいような、個人主義的な印象を持ちました。

 

「これは相手の課題」と切り分けて、その結果どうなるかは相手が引き受けることだから、とするのって何だか居心地が悪い。

 

 

 

何ていうか、一般的に(日本では特に)美徳とされるような「思いやり」「気配り」「気遣い」を否定されたような気がして。

 

 

まぁそれも行き過ぎてしまえば、「忖度」とか「空気を読む」とか「行間を読む」になって、かえって面倒にもなってしまいますけどね。

 

それに「あなたのためだから」とか「良かれと思って」は、本人には迷惑以外の何物でもないっていうのもよくある話ではあるんですけど。

 

 

 

 

想像力が豊かだったり、ちょっとした変化・異変にも目が届きやすかったり、共感力が高かったりして

 

気づいてしまった・気になってしまったことは正したい、ちゃんとしたい、無かったことにはできないという正義感があって

 

白黒主義でグレーのままにはできなくて

 

こうするべきだから、こうした方がいいから、こうであらねばと ”べき・ねば” で考えて

 

やるからにはとことんやりたい完璧主義があって

 

 

そうして・・・いつしか他人の課題にも踏み込んでいってしまう。

 

 

 

こんな感じなのかな。

 

いやぁ、分かってもこれは結構難しいなぁ。

 

 

「待つ」「任せる」はハードル高めなので、せめて「許可を得る」ところから、かしら。。

 

 

 

 

 

*おわり*