こんにちは、emustanyです!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
普段、ほとんど昼寝はしないわたし。
しかし、昨日も今日も昼間とても眠くて、気づけばウトウトと。。
生理は終わったばかりなので原因ではなさそう。
となると、台風が近づいているので、気圧の影響でしょうか。
わたしは眠気=とても不快なものですが、皆さんはどうでしょう?
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□□□ もくじ □□□
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「I’m a big nothing.」
わたしには、定期的に落ちる ”穴” がいくつかあります。
その1つが
「I'm a big nothing.」という考え。
この言い方、英語として合っているのかはさておき・・・
「わたしって、本当に何者でもないな」
「わたしって、なんて大したことない人間なんだ」
「わたしはあれもこれもできない、ダメなやつ」
「わたしは誰の何の役にも立っていない」
「わたしは世の中に何も生み出せていない」
要は、
「わたしなんて(~ない)」という思考癖。
たいがいは、「あの人はすごい」とセットで出てきます。
「あの人はすごい」
(でもわたしなんて・・・)
「あの人はこんなことができるのか」
(それに比べてわたしは・・・)
「あの人は頑張っているんだな」
(どうしてわたしは・・・)
つまり、他人との比較癖でもあるんです。
比較してから、自分を落とす。
比べるだけでなく、 ”殴る・蹴る” までが1セットです。
すごい劣等感の塊です。
しかも自分で劣等感を強化し、傷も負わせます。
どんだけ~。。
”穴” に落ちないために
いつ、この「I'm a big nothing」の ”穴” に落ちるかは、予測不可能です。
気づいたら落ちています。
落ちても程度の軽い時もあれば、思いがけず深い闇に落ちることもあります。
まぁ少なくとも、「気分上々」「順風満帆」「嬉しい・楽しい」の真っ只中にある時は落ちにくいですね。
「あの人はすごい」
(すごいなぁ~)
「あの人はこんなことができるのか」
(すごいなぁ~)
「あの人は頑張っているんだな」
(すごいなぁ~)
という感じで、基本「すごいなぁ~」で済みます。
まぁ「わたしには無理」「わたしはできないや」くらいは思ったりもするかな。
でもだからって「何て自分はダメやつなんだ!」とまでは思わない。
「すごいなぁ」で済む時と、「わたしなんて」と ”穴”に落ちてしまう時。
この差がどこから生じるのか、よくわかりません。
もしかしたら、”穴” に落ちるのは、もともと自分の状態が「フラット」になっていないからかもしれません。
身体に無理をさせていたり、
言いたいことを言わずに我慢していたり、
自分の気持ちや感情を無視していたり、
自分の希望を叶えることを疎かにしていたり、
弱い自分を見せまいと必死になっていたり、
などなど。
こうしてフラット(ゼロ)よりも、少しネガティブ(マイナス)に傾いているからこそ、ふとしたことで ”穴” に落ちてしまうのかも。
ということは、本当は落ちる前に気づけると良いのですよね。
今、自分の状態はフラットを保てているのか。
ちょっとずつバランスが崩れて、傾き始めていないか。
ポジティブ(プラス)に傾くのは、一見とても良いことです。
でも、是が非でもそれを目指さなきゃいけない、ってことでもない気がします。
ポジティブ慣れしていないわたしには、荷が重いというか、正直怖い。
どうせすぐまたネガティブになるだろうと思っている分、フラットからの転落より、良い状態からの転落の方が落差が大きくて、ダメージが大きそうです。
落差が大きいってことは、取り戻すのも大変そう。
といって、ポジティブをキープするのも、できる気がしない。
だったらフラットを頑張ろう、死守しよう。
そう思うのですよね。
#なんかちょっと観念的ですけど。(*´з`)
やはり対話が大事だった
そもそも、なんでこんな話をしているか、書いてませんでしたね。
昨夜、またこの「I'm a big nothing.」の ”穴” に落ちかけたからです。
きっかけは、前の日(一昨日)に観た『プロフェッショナル』。
途中から観たんですが、今回はANAの接客No.1という空港グランドスタッフの方。
緊張感ある職場で、責任と信念を持って、活き活きと笑顔で働く姿。
演出がそうさせているとはいえ、とっても魅力的でした。
しかし、わたしが劣等感を強く抱いたのは、きっと彼女がほぼ同世代だったから。
「同世代でこんなにも活躍している人がいる」
「もう当たり前にそういう年齢なんだよな」
「それに比べてわたしは・・・」
「1年半も休職して、何も変わってない」
「毎日ろくに何もせず過ごして、何やってるんだろう」
「昇進する気もなければ、仕事への情熱もない」
「一体何のために生きているんだろう」
「わたしの人生って何なんだろう」
でも、結局 ”穴” には落ちませんでした。
確実に片足を突っ込みかけていたとは思います。
だけど、「また良くない流れに乗ろうとしてないか?」とふと思って・・・
夫と話してみたんです。
「すごい人見ると、自分と比べて劣等感抱いたりしない?」と。
すると夫は、「もう卒業した」と。
そして、「どんだけできた人なのよ」と思わせる話をしてくれました。
曰く・・・
すごい人はいる。感心するし、もちろん憧れたり嫉妬もする。
でも、自分はその人にはなれないよね。
だって、その人のすごさは、その人の境遇が作ってきたものだから。
その人と同じ境遇を手に入れることはできない。
仮に今から手に入れたところで、同じ結果になるともは限らない。
だから、その人になれなくても、なろうとしなくてもいい。
憧れたり、学びがあるなら、取り入れればいい。
負担に感じたり、無理するくらいなら、取り入れなくてもいい。
今って、SNSとか、”すごい人” も身近に見聞きするようになってる。
でもじゃあ、市中の人たち・出会う人たち、みんながすごいの?
レジ打ってる人、犬の散歩してる人、タクシー運転してる人。
その ”すごい人” にはたくさんフォロワーがいるだろうね。
でも、あなたのブログにコメントをくれる人とは、繋がれないかもしれないよ。
”ないもの” なんて、いくらでもある。
でも、”あるもの” だって、ちゃんとあるはずだよ。
すごくなくたっていいじゃない。
いいんじゃないの、それで。
・・・ですってよ。
なんかもう身内ながら。
うちの夫、できすぎなんじゃないかと。(´_ゝ`)
それとも、同世代で30-40年生きてきた人たちというのは、これくらいの悟り?を開いていて当然なものなの?
つまりわたしが成長してなさすぎなの??
ともあれ、やっぱり何でも話してみることですね。
夫と話したことで、とりあえず ”穴” には落ちずに済んだわけで。
対話、大事。
夫の話は、どこを切り取っても、「そうだよな」と思います。
とはいえ、長年染みついている癖(「わたしなんて」と比較して殴る・蹴る)が、そう簡単に直せるとも思えません。
まぁそれはしかたないですね。
そういうもんだと思って、気づいたら軌道修正していくしかない。
相変わらず、気づきばかりうまくなるけど、軌道修正スキルはなかなか思うように育たず、もどかしいわたしなのでした。
ではまた。
*おわり*
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