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100点やめて60点を目指す ご自愛ブログ

2020.4に休職、「薬を使わないうつ病治療」を経て、2022.4に正式復職。自分を育て直す旅が始まりました。

【休職243日目_2】<少考集>HSPってどうなんでしょう。

本日2記事目です。^^

 

最近ちょっと気になっていることについて書きたいと思います。

2週間くらいずっと書きたかったんですけど、なかなか時間をうまく取れなくて。

 

 

 

何かというと、HSPについてです。

 

今年やたらと聞くようになったので、ご存知の方も多いとは思います。

すでに一大ブームっぽい様相になってきていますが、多くの人がHSPを知ったきっかけはこの本かもしれませんね。

 

 

HSP」とは「Highly Sensitive Person」の略で、「超敏感・超繊細な人」というもの。
(注:あえてラフな言い方をしています)

 

HSPは ”気質” であって、病気として診断がつくものではありません。

障害や精神疾患でもありません。(今のところは、です)

 

ググれば簡単なチェックリストみたいなものが出てくると思いますが、基本的に自己診断なのでどうとでもなる類のものです。

#たとえばこれ。

hspjk.life.coocan.jp

 

 

 

で、なぜHSPが気になっているかというとですね。

 

リワークなどでほぼ毎回お見かけする方がいるんですが、最近その方が発言をする際に

 「どうも自分はHSPみたいなんだけど」

 「HSPの人間からすると」

 「HSPだからこう感じちゃうみたいで」

といった形で、やたらとHSPという言葉を口にするようになったんです。

 

 

わたしはもともとHSPという言葉・概念は知っていましたが、他の方がHSPについて語るのを初めて目の当たりにし、とてつもない違和感を感じました。

 

言葉を選ばずに言うと、「自分はHSPで特別なんだ」「HSPなんだから配慮しろ」と言っているように聞こえたんです。

 

十中八九、ご本人にそんなつもりはないだろうと思うので、わたしの受け取り方によるところもあるんだと思います。

 

 

にしても、なぜそんなにHSPであることを言いたがるのか。

 

 

そもそもわたしがこのHSPについて知った時、血液検査や脳波検査などがない完全自己診断であることで少なからず胡散臭さを感じました。

 

診断をやってみると確かに当てはまる項目もいくつかあります。

完全じゃないにしても、わたしにもHSPとしての気質が認められるようです。

 

しかし、チェック項目の多くが非常に主観的なのでモヤモヤするのです。

例えば

  • 自分をとりまく環境の微妙な変化によく気づくほうだ

  •  他人の気分に左右される

  • とても良心的である

など。

 

中には

  • 明るい光や、強い匂い、ざらざらした布地、サイレンの音などにに圧倒されやすい

といった、実際に閃輝暗点片頭痛という明らかに身体的な影響が出るものもありますが、それも人と比べた時に過剰な程度であるのかはよく分かりません。

 

 

わたしからすると、血液型診断や心理テストにも近いような感覚なんですね。

この診断を以て「自分はHSPなんだ」と受け入れるにはあまりに中途半端。

 

 

 

しかし世の中的にはそうでもないのか、最近やたらと「HSP」を自認するブログや動画を見かけるようになりました。

 

穿った見方なのかもしれないけど、わたしからすると

 「わたしHSPなの。生きづらいんだ~。」

 「HSPってね、こんな大変なんだよ、見てみて~」

と言っているようにしか思えない。。

 

言い方を変えると、自分のアピールポイントに使っているようにさえ思えるのです。

 

 

 

あんまり書くと、本当に生きづらくて悩んでいる方々を傷つけたり反感を買うかもしれません。

しかし、何もわたしはそうした方々を責めたり、その気質を否定する・認めていないというわけではないんです。

 

「そうそう、そういうこともあるし、大変な思いもするよね」と思います。

わたしだっていくつか当てはまりますから。

 

ただ、彗星のように現れた「HSP」という言葉にパッと飛びついて、何やら踊らされている感があるのが気になる、ということです。

 

 

うつ病なんかもある意味そういう部分があると思うのですが、何らか名前(うつの場合は病名)がつくことでようやく安心することってあります。

名前がつけば、調べやすくなり、伝えやすくなり、仲間もできやすいです。

行動を変えるきっかけになることもあるでしょう。

 

一方で、名前がつくことで、そちらに自分が合わせに行ってしまうこともあるかもしれません。

自分の言いようのない考えや気持ちをちゃんと見ないまま、提示された内容を自分にインストールしてしまうというか。

 

もしかしたら、名前がついてそこに自分をカテゴライズすることで、そこに入らない人を無用に避けたり壁を作ったり、もしかしたら非難や攻撃をするかもしれません。

 

名前がついて病気と診断されると、治療対象(治すべきもの)として扱われてしまうという観点もありますね。

(あまり詳しくないので的外れなことを言うかもしれませんが)ADHDあたりも本当に病気として治療すべきものなの?と思ったりもします。

 

病気(医療)が最たるものかもしれませんが、名前をつけることで利益を得る人がいることも忘れてはいけません。

 

 

 

わたし自身、白黒主義で生きてきた人間ですが、やっぱりグレーのままの方がいいことも世の中にはあると思います。

HSPがそれなのかは分かりませんが、何となく今の風潮はやや行き過ぎている感じがするのです。

 

皆さんはどう思われますでしょうか・・・。

 

 

 

わたしの考えばかり一方的にお伝えしては恐縮なので、HSPに関してわたしが感じた違和感やモヤモヤと大なり小なり似たことが書かれていた記事をいくつかご紹介しておきます。

 

「自分はHSP」と自己診断してしまう前に|ハッピーエンドに殺されない|牧村朝子|cakes(ケイクス)

HSP・HSCについて考える①|心理学が好きな犬/臨床心理士|note

HSP・HSCについて考える② ~HSPブームの到来とビジネス化の危機~|心理学が好きな犬/臨床心理士|note

HSP・HSCについて考える③~社会的要因からみるHSPの浸透と、遊戯王カード的なHSPの活用の危険性~|心理学が好きな犬/臨床心理士|note

HSPを自称することのデメリットについての考察 | もと意識高い系ログ

何者かになりたい病と繊細さん、HSPブームについて | もと意識高い系ログ

プライドが高すぎる人がHSPを名乗っている気がする件について | もと意識高い系ログ

HSPがネットワークビジネスの客寄せワードとして使われている疑念 | もと意識高い系ログ

HSPが胡散臭い、怪しいと感じる理由を語ろう | もと意識高い系ログ

 

 

この記事がきっかけとなって、いろいろと考えていただく機会になれば嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

*おわり*