こんにちは、emustanyです!
1月も気づけば折り返しで、あれよあれよと時間が過ぎて行ってしまい、戸惑うやら焦るやら・・・。(;´Д`)
そういえば、この記事をアップすると198記事目なので、もうすぐ200記事達成です。
当ブログは4月に開始して、100記事目を達成したのは10月。
実は更新ペースが上がっていたということですねぇ。
確かに以前からすると、更新にかかる時間は短くなってきたかも。
と言っても、きっと多くのブロガーさんより時間かかっていると思います。
#特に治療関連の記事はかなりかかります。( ノД`)
日々鍛錬、日々精進のキモチ・・・。
怒りやイライラはあってはならないものですか?
さて、昨日の夜はオンラインミーティングでした。
#もう何度目かよく分からない・・・8月からで6回目、かな?
今回のテーマは、『落ち込みと苛立ち爆発、うつと躁』。
結論から言うと、今回に関しては新たな学びや気づきはなかった、という感想かなぁ。( ̄▽ ̄;)
昨日も10名程度の参加者でしたが、ひとりひとりが今回のテーマに関して、自身の体験談や考えをシェアしていきました。
参加者=クリニックに通う患者は、全員が「鬱」とは限りません。
その病名であったり、抱える症状であったり、受診の経緯や通院期間なども人によってそれぞれです。
もともとイライラしたり怒りっぽい人。
他人に怒りを感じることはないけど、自分に対してイライラする人。
通い始めた頃は落ち込みがひどかったけど、だんだんと怒りの感情が出てくるようになった人。
自他ともに温和と思ってきたけど、実は怒りを内に秘めていたことに気づいた人。
人それぞれです。
わたしはこんな話をしました。
- 元からよくイライラするタイプ。(でも学生の頃はそうでもなかったと思う)
- 路上喫煙/歩きタバコをする人や、正面から来て避けない人を見ると、すごくイライラして胸の中でよく毒づいている。
- たぶんイライラするのは、自分の中にある「~べき」「~ねばならない」とか、正義感や倫理観みたいなものを、侵されたり踏みにじられた時。
→自分は「~べき」を守って動けない中で、それを守らない人の自由さへの羨望みたいなものが怒りにつながっているのかも。
→(タバコなど法律によるものもあるが)結局は自分で自分を縛っているだけだったりするのだろう。- クリニックに通ってからもイライラすること自体は変わらないが、その背景や理由を客観的に見ようとするようにはなったと思う。
実は昨日の朝、朝散歩で歩いている最中に、向かい側から来た男性(60代くらい?)が一向に避ける気配がなかったので、わたしも譲らず肩をぶつけ合う結果となりました。
わたし的あるあるです。
上の発言は、このシーンを思い起こしながらしたものでした。
こういうこと(こちらも譲らず肩をぶつける)をするのって怖い人間と思われることは承知しています。
しかしこちらの主張としては、わたしのすぐ前には小さい子と手をつないで歩く女性がいて、わたしも車道側に大きく避けることはできない状況でした。
男性の位置は真っすぐ歩いてくればその子どもに当たるかもしれない位置だったので、少しは避けるだろうと踏んでいたのです。
それがそのまま真っすぐ来て譲る素振りもなかったので、半分は ”あえて” ぶつかりました。
わたしの中にあったのは
- 小さい子がいるのだから避ける「べき」
- 互いに道を譲る「べき」
- 小さい子(を連れた人)には優しくする「べき」
そして、
- 男だからって威張るな
- 偉そうにしている高齢男性はムカつく
でした。
#わー、黒い!さすがにドン引かれるかな。。
”あえて” ぶつかったのは、最初の3点を身をもって知らしめるため、そして後半2点の八つ当たり?憂さ晴らし?に近かったかもしれません。
本当は、こんなことしたら下手すれば殺されたりもしかねないわけで、やらない方がいいに決まっています。
ですが、時に抑えきれなくなります。
まさに衝動的で、「爆発」の仕方の1つなんだと思います。
特に ”知らしめる” というのが大きくて、正義感を盾にした行動なんですね。
本当に知らしめたいのであれば言葉で伝える「べき」ところ、行動(暴力)で示してしまったということです。
#良くないのは百も承知。
わたしの話(※朝散歩の話ではないですよ)の後、ある方が言っていたのは、
結局、他人に期待をしてしまうから、それが実現されない・裏切られた時に怒りにつながってしまうんだと思う。
これ、正論というか、よく言われることだとは思うんです。
他人に期待をすることの功罪(どちらかというと罪の方)について。
わたしの先ほどの事例(朝散歩中の出来事)も、結局相手が避けてくれるだろうという期待が裏切られたことでカッとなった、それはそうだと思います。
期待するからこそ、裏切られて怒ってしまう。
そう・・・分かる、すごく分かるんですよ。
けど、何だか寂しい?悲しい?気持ちになるんですよね。
#つい呟いてみたり・・・。
「期待をするから裏切られるとイライラしたり怒りを感じる」
— emustany (@emustany) 2021年1月14日
それはそうなんだけど、じゃあ誰にも何も期待をしなければいいの?
それって何だか悲しい。
まぁ結局は、【程度の問題】となるのでしょうけどね。
他の方から出ていた話としては、
「カチンと来ちゃいけない」という思い込みがあるかも。
アンガーマネジメントが流行っているが、怒りのコントロールは難しい。
怒ったりやイライラするのはいけないことなのか?
といったこと。
これについてアインシュタイン先生からは
「喜怒哀楽」ってよく言いますが、 なぜかこの「怒」に関してだけフタをしてしまうんですよね。
でも人間として、どれも大切な感情なんですよ。
とありました。
そういえば、ネガティブな気持ちがテーマだった10月リワークでも、しきりに
「怒ってもいいと思います。」
「怒るのが悪いわけではありません。」
と言っていたっけ。
#上の言葉は書いてなかったけど、貼っておきます。
この話を受けて、ある方が
感情を爆発させることと、怒りを伝える・表現することは、分けた方がいいのかなと思いました。
と仰っていて、これは本当にそうだなと思いました。
#朝散歩中の話がまさにそれですね。
10月のリワークで学びましたが、怒りというのは二次感情。
その裏(奥?)にはどのような一次感情があったのかをちゃんと見て、それを解決・解消できるように行動していくこと。
これが、自分への信頼とか自分を大事にするためには重要なんですよね。
わたし自身はアンガーマネジメントを学んだことがないのですが、企業の研修などで受けたことのある方も多いと思います。
もしこれが、「怒り」=良くないものという前提で語られていて、感情を抑え込むことばかりやるんだとしたら、ちょっと考えものかなと思いました。
#きっとそんなことはないと信じたいですが。
ということで、昨日のオンラインミーティングでは、新たな学びや気付きがあったという感じではありませんでしたが、
- 人によってイライラや怒りの沸点や対象が違うこと
を他の方の話を通じて理解することができ、
また
- 怒りは大切な感情の一つであること
について再確認(振り返り)ができました。
とかくイライラしがちなわたしは何度も学び直しをしなければと思ったのでした。
#じゃないと本当に道ですれ違った人にいつか殺されてしまう・・・!(;´Д`)
*おわり*