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100点やめて60点を目指す ご自愛ブログ

2020.4に休職、「薬を使わないうつ病治療」を経て、2022.4に正式復職。自分を育て直す旅が始りました。

【休職207日目】罪悪感とは似て非なるもの|10月リワーク終了

こんばんは、emustanyです。

 

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これは昨日の写真。夕陽でカーテンが染まっていてきれいでした。
陽が落ちるのがどんどん早くなっていきますね。



 

最近シナモンを買いまして。

いつものミルクコーヒーに振ったり、シナモンシュガートーストにして楽しんでいます。

 

実家では、シナモンシュガートーストのことを「ニッキパン」って呼んでました。

ふと思い出したのでググってみたら、札幌名物というパンが多々ヒット。

ニッキ飴が大好きな母と、どっちが先だったのだろうか。

 

そうそう、シナモンは摂りすぎると良くないらしいので、ほどほどにしておきましょう。

#こちらが詳しくて参考になりました。買う時は「セイロンシナモン」が無難そう。


 

 

無臭こそ次の価値だ!(切実)

さて、今日電車に乗ったら、隣に来た女性二人ともから同じようなにおいが。

 

香水やシャンプーや柔軟剤のようなキツイにおいではない。

けど、結構な主張具合で、ちょっとつらい。

 

何のにおいだっけな、これ・・・?

 

 

ずっと考えていて、ようやく降りる時に気づきました。

 

たぶんムシューダ的なやつです。

防虫剤とか消臭剤とか、服を保管するときに入れる系のやつ。

 

季節の変わり目で衣替えをし、今季初めて着ている服が多い今だからこそのにおいかもしれません。

 

 

何のにおいか分かってスッキリはしたけど、隣の人がいなくなっても残り香はスッキリしませんでした。

#全然無臭ちゃうやん!!

 

 

以前からちょこちょこと書いていますが、わたしは比較的においに敏感。

自分では平均よりちょっと敏感くらいの感覚ですが、夫には「君はにおいに過敏だからなぁ」と言われます。

 

特に嫌いなのはタバコ、香水、そして柔軟剤を始めとした洗剤類のにおい。

いずれも近くで嗅ぐと頭痛がしてきて、最悪は閃輝暗点片頭痛の前兆)に。

 

ハッキリと「これは毒だ」と身体が言っており、紛れもなく香害です。

できるだけ強いにおいを感じるとその場を離れる努力はしていますが、通勤時などは逃げ場がありません。

 

わたしからしてみればくさいだけ、身体に悪いだけの人工的なにおいを提案し続けるメーカー(供給側)が憎いです。

しかし、当然それを求める・買う人がいるから作るわけで。

 

無臭こそが価値として認識される世の中に早くなってほしいと切に願っています。。

 

 

 

10月のリワーク最終回

さて、話は変わりますが今日はリワークでした。

ネガティブな気持ち(心のもやもや、不安、心配、怒り、イライラ、悲しみ、罪悪感)がテーマのプログラムの最終回です。

 

#前回は『怒りとイライラ』がテーマでした。(第1回、第2回も下記記事にリンクがあります。)

 

 

最終回の今回は『悲しみ、罪悪感』がテーマでした。
 

 

わたしにとってこの2つの感情は非常に興味深い

なぜなら、わたしの怒り(二次感情)の裏には一次感情として悲しみや寂しさが隠れていることが多いし、罪悪感は常に持っているからです。

 

これはしっかり学ばなければと臨んだわけですが、結論から言うと、

「なんとなくわたしが思うそれとは違う・・・」

というボタンの掛け違い、違和感を感じてモヤって終わりました。^^;

 


いまいちどこがどうズレているのかハッキリしないので、書きながら見えてくることも期待しつつ、今回もこれまでに倣った形でまとめていきます。

 

 

リワークの概要

今日の講義内容はこんな流れでした。

①悲しみについて
・悲しみとはどんな感情なのか
・悲しみのリセット法

②罪悪感について

・罪悪感とはどんな感情なのか
・罪悪感のリセット法

 

講座としてはセットで学びますが、それぞれ別の感情なので、悲しみについて学んだ後に罪悪感、という形で進めました。

 

 

要点の振り返り

①悲しみについて

  • 悲しみは自分の期待や希望に対するメッセージ
    悲しみ=マイナス、ネガティブとは限らない
    ・悲しみの正体が何かを知ることで、自分の希望・生きる意味・人生の意義・価値観を知ることにつながる

  • 悲しみは愛情や友情、依存、共栄の対象を失った/失う危機がある時に見られる
    ・対象は人だけでなく、物やコトに対しても悲しみは生じる

  • 悲しみはある出来事に対する前頭前野の意味づけによって生じる
    前頭前野=考える、記憶する、アイデアを出す、判断する、応用する、感情をコントロールする
    ・”家族が亡くなる”、”余命宣告を受ける”、”仕事を失った”などの出来事に対して、前頭前野が意味づけ・判断を行うことで、悲しいという感情が起こり、涙が出るなどの行動につながる

  • 悲しみには5つの段階があるとされる
    ・否認(頭では理解しても受け入れられない)
    ・怒り(自分・他人・運命に対して「なぜこうなった」「もっとこうしていれば」)
    ・取引(神や仏にすがる)
    抑うつ(希望をなくす)
    ・受容(受け入れていく、日常生活が送れるようになる)

  • 悲しみの目的は何か?
    ・自分の期待や希望に対するメッセージ
    ・失望
    ・責任の回避
    ・同情、哀れみを得る

  • リセット法(※分かりきったものばかりだったので、その中で自分だったらこうするを抜粋)
    ・時間をかけてゆっくりと、自分の感情に寄り添う
    ・身体にアプローチする(運動など)
    ・あえて徹底的に悲しむ
    ・あらゆる物事に期待をしない、期待値を底の底まで下げる
     →「生きてるだけで儲けもん」
    ・受容できるようになったら、どうして悲しいのかを考えてみる
     →自分の期待・希望・生きる意味・人生の意義・価値観などがそこにある

    ※リセット法の中でわたしがやりたくない/抵抗を感じたもの:
    ・あえて忙しくして悲しみを後回しにす
    ・すでに得ている、持っているものに注目をする

 

 

②罪悪感について

  • 罪悪感とは「私のせいだ」「私が悪い」と感じる感情
    ・常に自分を攻撃し、幸せにしないために振る舞う
     →”幸せになっちゃいけない”という考え・信念がある可能性あり
    ・自分にとって大切なものほど、自分を遠ざけようとしてしまう

  • 罪悪感の例、傾向:
    ・知人の期待に過剰に応えようとしてしまうところがある
    ・自分と仲良くしてくれる人にどこか申し訳なく思う
    ・自分を責めてダメ出しをする自分がいる
    ・迷惑をかけてしまった、と思うことがある
    ・過去の自分がしたことに対して、後悔をしていることがある
    ・何かと自分を追い詰める傾向がある

  • 罪悪感と類似するものには「自責/自責の念」、「後悔」がある
    ・自責=自分で自分の過ちを責めること、自分が赦せないという思いを抱くこと
    ・後悔=自分がしたことを後になって悔やんだり責めること

  • 完璧主義や理想への強いこだわり、自分の失敗が許せないと自責の念に陥りやすい
    毎日がまるで何かの本番で、”間違えてはいけない””ミスをしてはいけない”という強い脅迫観念になっている
    ・現実が自分が良しとしている状態に進まないと、原因・理由が他のところにあっても、自分でわざわざ問題を集めて抱え込んでしまう

  • 日本人は自分を責めてしまいがち
    集団主義や協調性を重んじる文化によって、人生をコントロールするのは外的(周囲)、出来事の責任は内的(自分)となってしまう
    アメリカ人は真逆

  • 罪悪感の目的は何か?
    ・罰を与える(自分にだけでなく、周りに対してということもある)
    ・善意、誠意の表現
    ・義務からの解放
    ・行動することからの回避
    ・優越感

  • 罪悪感のリセット法(※やってみようかなというものを抜粋)
    ・出来事についての責任の所在を考えてみる
     →「本当に自分が悪いのか?」
    ・あなたのしあわせを喜んでくれる人は誰か思い浮かべる
    ・あなたは誰のために頑張ってきたのか考える
    自身の思い込みに気づく
    ※2点目以降は『いつも自分のせいにする 罪悪感がすーっと消えてなくなる本』(根本裕幸)からの紹介
 
 
感想など

今書いてみて、リワークが終わった時よりは少しだけ違和感は減りました。

#やっぱり書くことで得られる気づきってありますね。時間を置いたことや、初見じゃないこともありますが。

 

わたしが感じた違和感を改めて考えてみるとこんな感じでした。

  1. 今回扱った「悲しみ」は、身近な人の死だったりガン告知など健康の喪失といったシーンで生じる結構大きな/深い悲しみなので、それだけ対処も難航し、時間を要するものになる。
    しかしわたしが怒りの裏に感じる悲しみというのは、より日常的で死に比べれば程度は小さいものなので、同じものとして理解していいのか分からない。

  2. 今回扱った「罪悪感」は、”私のせいだ・私が悪い”と感じる感情で、あらゆる出来事について自分が原因だと紐づけて自分を責めるといった感じ。
    しかしわたしが思っていた罪悪感は、どちらかというと「自責の念」の説明内容に近く、常に自分をあるべき姿や理想に対してそうできていない自分を責めている感じが強い。
    微妙に食い違っていて、欲しい答えが得られていない感じ。

 

 

まず1.の悲しみについては、確かに程度の差はあっても同じかもと思いました。

例えば夫の仕事優先な態度が(最初は怒るけど)悲しくなるのは、

・愛情や円満な家庭が失われる危機を感じるから

・家庭やわたし>仕事であってほしいという期待(あるいは理想)があるから

とかなのかなと。

 

この場合、リセット法の「徹底的に悲しむ」よりは「期待をしない、期待値を下げる」あたりが効きそうですね。

あるいは、わたしが抵抗を感じた「あえて忙しくする」とか「すでに持っているものに注目をする」も有効かも。

 

 

2.の罪悪感は、自分のモヤモヤっぷりも半端なので読んでいる方にも伝わってないでしょうし、ちょっと何とも言い難いのですが。。

 

罪悪感ということだと、分かりやすいのは休職していることへの罪悪感があります。

 

これは最初の頃に比べればだいぶ落ち着きました。

親の影響とか今の世の中の風潮など、自分以外の要因・責任も見出してきたことが大きいでしょう。

リセット法の「責任の所在を考える」とか「自身の思い込みに気づく」あたりを実践してきたことになります。

 

一方、自責の念に関することは別の問題として考えた方が良さそう。

”毎日がまるで何かの本番~”というのは、まさにわたしの感覚と近くて、完璧主義や理想が高すぎるのが問題ということでしょう。

 

これについては

・”なぜ完璧を目指してしまう/高すぎる理想を持ってしまうのか”を掘り下げてみる

・「そんなに頑張らなくてもいいよ/大丈夫だよ」と自分を解放する

・あえて頑張らない、100点でなく70点あたりでやってみて、結果を見てみる
 (意外と問題なかった、となるかもしれない)

といったあたりでやっていくといいのかなぁ。

 

 

 

ちょっとまとまりがなくて、せっかく最終回だったというのにこの後味の悪さで本人もかなりモヤっています。(苦笑)

お読みいただく方にも申し訳ない・・・。(←これは罪悪感)

 

 

ま、ひとつでもふたつでも、「ふーん」って思うことがあればよし、ということで。

・・・ね。

 

 

来月はまた別のリワークに参加予定です。

ガンバロー。ガンバルー。

 

 

*おわり*